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第二百八十六話 帰還

チラリとクレイリーファラーズに視線を向ける。彼女は拳を固く握りしめながら俯いている。その表情は伺い知れないが、ワナワナと拳が震えているので、シーズあたりから相当侮辱的な言葉を投げかけられたか、衝かれたくもない図星を衝かれたかのどちらかだろう。


「それでは、私は失礼します。本日は、お疲れさまでした」


宰相がにこやかな笑みを浮かべながら立ち上がる。それに釣られるようにして、隣に座っていたシーズも立ち上がる。


「私はしばらく屋敷には帰らないから、居たいならば好きなだけ居るといい。しかし、お前はすでに西キョウス地区の統監なのだ。なるべく早いうちに、任地を廻った方がいい。そのときは、相談に乗る」


彼は相変わらず冷たい笑みを浮かべている。俺はとりあえず無言で頷く。宰相とシーズはゆっくりとその場を後にしていった。


「……さあ、帰りましょうか」


ヴァッシュが誰に言うともなく呟く。そうだな、帰ろう。そんなことを思いながら立ち上がろうとするが、何故か立ち上がることができない。それどころか、体にドッと疲れが襲ってきた。


「どうしたのよ?」


「いや、体が……。何だか、疲れちゃって」


「ずっと緊張していたからだわ。実は私も……」


「疲れたかい? そうだろうね」


俺たちはニコリと笑みを交わし合う。俺はやっとのことで立ち上がると、そこにハウオウルとパルテックが入室してきた。


「おお、ご領主。話は聞きましたぞ。これまで通り、じゃな」


彼はそう言って俺とクレイリーファラーズに視線を向ける。クレイリーファラーズは一瞬顔を上げたが、さっと何か汚いものを見るかのような表情を浮かべ、またすぐに俯いてしまった。


「さあ、帰ろうかの」


ハウオウルが周囲を見廻しながら笑みを浮かべている。俺はゆっくりと頷いた。


◆ ◆ ◆


ゴトゴトと馬車が揺れている。先ほどまでの賑わいが嘘のように城内は静かで、暗い。窓からはある一定の間隔で、かがり火と警護をする兵士たちの姿が見えるばかりだ。そんな光景を、俺はぼんやりと眺めていた。


馬車に乗り込んでしばらくすると、ワオンは眠ってしまっていた。仔竜の頭を撫でながら、隣に座るヴァッシュに視線を向けると、彼女は俺に背を向けながら窓の景色を眺めている。声をかけようかと思ったが、ワオンを起こしてはいけないので、敢えて黙っておくことにする。


何とも心地いい疲れが体を包んでいた。そして、眠い。今すぐ眠れと言われれば、一秒で眠りに落ちる自信があるほどだ。


「……んっ」


突然、耳に聞きなれない声が聞こえてきた。一瞬、誰かと思ったが、声の主はヴァッシュだった。


……彼女は眠っていた。外を見ているかのような姿勢のままで。馬車の揺れに合わせるように、ゆっくりと頭が揺れている。


「ふぅ……」


体をシートに預けて天を仰ぐ。色々とあった一日だった。しかし、終わり良ければ総て良しという言葉通り、いい一日だったと思う。あの、ヴァッシュとのダンスは本当に楽しかった。機会があれば、もう一度、いや、一度と言わず二度三度、彼女と踊りたいくらいだ。


そう言えば、クレイリーファラーズはどうしているだろうか。後ろの馬車に、ハウオウルたちと一緒に乗っているはずだ。きっと、彼らと言葉を交わすことはないだろうが、随分怒っていたので、あれはあれで少し気になるところだ。まあ、あの天巫女の場合は、一晩寝て、イモ料理の一つでも出しておけばすぐに機嫌が直る。心配はないだろう。


そんなことを考えていると、馬車がゴトリと止まった。どうやら屋敷に着いたようだ。


「……着いたわね」


不意にヴァッシュがこちらを振り向いた。馬車が停まった瞬間に目を覚ましたのか。すごいなと感心したが、よく見ると目がトロンとしている。気は張っているが、やはりまだ眠いようだ。


そのとき、馬車の扉が開いた。俺は目でヴァッシュに降りようと促した。


「おお、お戻りなさいませ」


馬車を降りると、屋敷の玄関の前で執事のライムネイルが笑顔で出迎えてくれた。彼は嬉しそうに俺の傍にやって来て、深々と頭を下げた。


「この度は、侯爵への叙任、合わせて、西キョウス地区統監へのご就任、誠におめでとうございます」


「いえ、そんな、やめてください」


「まあまあ、ここでは何でございますから。どうぞ、中に」


俺とヴァッシュは促されるまま屋敷に入り、部屋に案内される。ソファーに座ると、温かいお茶を出してくれる。口に含むと、何だか体の疲れが少し取れた気になる。


「お連れ様たちは、到着が少し遅れるようでございます。それまでは、ゆっくりとお寛ぎください。また明日、お話をお聞かせください」


ライムネイルは笑顔で頷いている。俺もゆっくりと頷く。


「先に風呂に入るかい?」


ライムネイルが退出して、二人っきりになるのと同時に、ヴァッシュに声をかける。彼女は少し悩んだ顔をしていたが、俺は立ち上がって、彼女を促す。


「部屋でワオンを寝かせてやらなきゃいけない。そのついでに、お湯を張るよ。ハウオウルたちはまだ帰ってこないみたいだし、先にゆっくりと風呂に入るといい。疲れただろう? 何だったら、そのまま寝ちゃっても構わないよ」


ヴァッシュは少し厳しい表情を浮かべたが、やがてスッと目を閉じると、小さな声で呟いた。


「……ありがとう」


俺は、笑顔で頷いた。


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