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第二十八話 草の壁

裏庭に出た瞬間、俺は絶句してしまった。風景が一変してしまっていたからだ。


これまでは、裏庭に出ると100本のソメスの木が整然と並んでいたのだが、今やそこは笹のような草が壁のように立っている。しかもそれは森に向かって伸びており、言ってみれば、草の壁が裏庭を分断している格好になっているのだ。


「何だ、これは?」


そう呟きながら俺は、クレイリーファラーズに視線を向ける。彼女はモジモジと体をくねらせながら、申し訳なさそうな顔をしている。


「一体、何をやったんだ?」


「あの~その~」


「怒らないから、言ってごらん?」


「……」


彼女は俺からスッと視線を外しながら、ゆっくりと口を開いた。


「ペアチアトを……かけたのです」


「ペアチアト? ……まさか」


「その、まさかで……」


クレイリーファラーズ曰く、彼女は三日ほど前に、ここらあたり一帯に植物の成長促進剤であるペアチアトを振りかけたと言うのだ。一体何をしたかったのか、俺は再び彼女の話に耳を傾ける。


「ほら、ラーム鳥が来ているじゃないですか? それで……糞を落としていないかなと思いまして……」


先日、ラーム鳥の巣立ちを見届けた俺たちだが、その後もソメスの実は食われ続けている。相変わらず、彼らは姿を見せず、ものすごい隠密行動を取られている。


クレイリーファラーズの予想では、ラーム鳥はおよそ50羽近い数になるのだそうで、ラーム鳥がそれだけこの近くに住んでいるというのは、とても珍しいのだと言う。


「ですから、このままいくとこの村は、ラーム鳥の楽園となって、鳥好きの人たちの聖地となるのです!」


何をトチ狂ったのか、彼女は右手を握り締めながら、明後日の方向を向いている。


「……で、この有様は?」


「エヘヘ……」


約50羽近いラーム鳥が毎日ここに訪れている。この鳥は「神のデザート」と呼ばれるタンラの種を糞と共に落とすと言われている。クレイリーファラーズは、どこかにその実が落ちていないかを調べたが発見できず、それであればと、ラーム鳥が飛んでいるであろうコースに、ペアチアトを振りかけたのだと言う。


「それで、こんな仕上がりになったと?」


「エヘヘ」


「エヘヘじゃねぇよ」


俺の背丈を完全に超えてしまうほどに成長したこの草。これはこれでヤバイのだという。ソメスの木は、日当たりがいいというのが成長の条件なのだが、これだけ草が生い茂ってしまうと、日当たりの部分で支障が出てしまう。それに、土の養分も雑草が吸い取ってしまう恐れがあるために、ソメスの木にとってはよろしくない環境が出来上がってしまっている。


「今日一日頑張って、草を刈ってみたのですが……とてもとても……」


ふと見ると、裏の勝手口の前に、草が山と積まれている。ぐうたらな彼女なりに、頑張ったみたいだ。


「じゃあ、明日、頑張って草を刈りましょうか」


「ダメです!」


クレイリーファラーズの絶叫が響き渡る。俺は思わずビクっとなる。


「早く草を刈らないと、もっと伸びたらどうするんですかぁ! ソメスの木が枯れてしまいます! そうなればラーム鳥がどこかに行ってしまいます!」


……どの口が言うとるんじゃ、という言葉を飲み込む。確かに、ソメスの実がならなくなるのは惜しいし、ラーム鳥も、巣立ちを見たことから、この鳥にも愛着がないわけではなかった。ただ、それ以上に、この草がどこまで伸びるのか。それによっては早く駆除した方がいいかもしれない。


俺は覚えたばかりのライトの魔法を唱えて、周囲を明るくするが、クレイリーファラーズがいきなりその光を叩き落すようにして消してしまった。


「こんな森の近くで光を出すと、中から魔物が出てきてしまいます! 危険ですよ!」


「……じゃあ、この暗闇の中で草を刈れと。お前さんは、そう、言うのかい?」


「……松明を……作ります」


そう言って彼女は屋敷に入っていった。俺は地面に手をついて、土魔法を発動してこの草のことを調べてみる。どうやらコイツはヒヤライマという草のようで、荒れ地にしか生えない草のようだ。おそらく、毎年村人が草刈りなどをしていたおかげでこの草が生えることはなかったのだろうが、手入れをしないと、こんな有様になるのだろう。


この草、ずいぶん地中深くに根を張っている。これは刈るのは難しそうだ。コイツを駆除するにはまず、草を焼き払ったうえで、土の中の根も焼き切る必要がありそうだ。そんなことを考えていると、いつの間にかクレイリーファラーズが、かがり火を準備していた。


「では、お願いします」


俺の前までやってきたクレイリーファラーズが、ペコリと頭を下げる。


「俺がやるんかい!」


「あなたをおいて誰ができるのですか! 私はもう、あれだけの草を刈ったのです。もうこれ以上は無理です。ですから……お願いします」


「アンタねぇ」


「お礼はします。ちゃんとしますから」


「……」


彼女は顔の前で手を合わせながら俺にお願いをしている。一応神に仕える天巫女だ。その彼女が手を合わせて頼んでいるのだ。そこは彼女の意気を感じてやらねばならないだろう……なんて全く俺は思わないが、仕方がないので、草を刈ることにした。


「さて、とりあえず、準備をしないと」


「準備?」


訝るクレイリーファラーズを残して俺は一人、屋敷に戻るのだった。

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