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第二百七十九話 全権委任

俺たちはすぐさま、このポンコツ天巫女を連れて、シーズの屋敷に帰った……。と言いたいところだったが、コトはそうはいかなかった。俺とヴァッシュはすぐさま会場に呼び戻されたのだ。


部屋に入った瞬間に、貴族たちの万雷の拍手に迎えられ、その後は次から次へと貴族たちの挨拶を受けた。挨拶と言っても、相手は名乗るだけで、一言二言の言葉を交わすだけなのだが、中には握手を求めてくる者もいた。そんな中、ヴァッシュは実に洗練された動きで、彼らの挨拶を受け、俺はただ、うなずいたり、そうですね、などと相槌を打ったりするだけでよかった。


どのくらいの人と握手をしただろう。手が、少し腫れてきて、ちょっとした痛みを覚えてきた。そんなとき、初老の執事服を着た男性が、スッと俺たちのところに近づいてきた。


「恐れ入ります、侯爵様。宰相様がお呼びでございます」


その言葉を聞いた瞬間、貴族たちの動きが止まった。俺たちは彼らの間を縫うようにして会場を後にした。


廊下を右に左に進む。相変わらず迷路のような作りだ。そして、古い扉の前にくると、案内していた男性が足を停めた。


「ささ、こちらでございます。どうぞ」


扉が開くと、応接室のような部屋が見え、そこに、宰相とシーズが座って俺たちを待っていた。


この二人をいきなり目の当たりにするのは、実に心臓に悪い。別に何も悪いことをしていないのだが、オドオドと挙動不審になりながら、何とか案内された席に座る。


「お前たちだけなのか?」


出し抜けにシーズから質問が飛んで来る。彼の意図が全く呑み込めないので、小首をかしげることしかできない。そのとき、扉が開いて、ハウオウルたちが入室してきた。


「きゅー」


パルテックに抱かれていたワオンが俺を見て、両手を突き出してくる。彼女を受け取り、膝の上に載せて座り直す。皆もそれぞれ、思い思いの場所に座る。


「さて、今日の舞踏会ですが、本当にご苦労様でした」


宰相が微笑みながら口を開く。思わず頭を下げる。彼はスッと視線を移して、さらに言葉を続ける。


「ところで、傷の具合は?」


宰相がクレイリーファラーズに話しかけている。彼女は何か言いたげだったが、すかさず、ハウオウルが口を挟む。


「ちょっと血が出たくらいじゃ。回復魔法をかけておるから、傷も残らんじゃろうて」


「大魔導士・ハウオウルが言うのです。安心しました」


宰相はフフフと笑う。クレイリーファラーズは、まだ何か言いたげだったが、ハウオウルをキッと睨んで、視線を床に落とした。


「さて、皆に集まってもらったのは、他でもない。今後のことについてだ」


シーズが口火を切る。彼の表情は柔和だが、やはり目は笑っていない。自然と背筋が伸びる。


「先ほども宰相様からお話があったが、ノスヤ。お前は西キョウス地区の統監となった。隣国のインダーク帝国と国境を接しているため、お前には、帝国との交渉における全権を委任すると宰相様は仰せだ。よろしく頼むぞ」


全権を委任? 何だかドえらいことになっている。俺はゴクリと唾をのみ込みながら、さらに耳を傾ける。


「王都から帰還する際には、お前が統括する地域を廻って帰るといい。少し遠回りになるが……。キーングスインにはシーアがいる。是非、会って帰るといい」


「シーア?」


「バカ者。兄の名前を忘れるヤツがあるか」


「兄?」


思わずクレイリーファラーズに視線を向けるが、彼女は俯いたままだ。全く、こんなときに役に立たないなんて、何をやっているんだ。


「まさかお前、シーアのことまでも忘れたのか?」


「いっ、いえ、そんなことは……。その、予想外、だった、もので……」


必死でその場を取り繕う。シーズは俺に冷たい視線を向けていたが、やがてフッと息を吐くと、ゆっくりと言葉を続ける。


「お前のことを一番気にかけてくれていた兄だ。忘れるわけはないな。今回のことを聞けばシーアはきっと喜ぶはずだ。是非、会いに行くといい」


「わっ、わかり、ました」


「何だったら、シーアのいるキーングスインの隣にあるワギトだが、そこをシーアの領地としても構わない。領地の分配権はお前にあるのだ。任せる」


「あの……どういうことで……」


「わからないやつだ。ワギトはニタクの兄の領地となっているが、元々はシーアの領地だったのだ。ニタク兄がシーアを脅してかすめ取っているのだ。これを機会に、本来あるべきもののところに帰すのが筋と言うものだろう」


「あの……。相当恨まれます……よね?」


「いや、そうとも言い切れない」


宰相が口を挟んでくる。俺は彼に視線を向ける。


「ワギトはもともとは豊饒な穀倉地帯だ。しかし、ニタク殿はその領地を十分に管理していない。我々が予想した収穫高を毎年、遥かに下回っている。むしろ、シーア殿が管理した方が、あの地は発展する」


「あの……お言葉ですが、宰相様がお命じになればよいと思うのですが……」


「バカだなお前は。宰相様がお命じになっても意味がないのだ。ニタク兄は、宰相様にハメられたなどと、あらゆる貴族たちに吹聴するだろう。まあ、それをしたところで、宰相様や私には全く問題ないことだ。だが、ノスヤ、お前がやる場合はまた違った意味を持つのだ。ニタク兄に、己の立場をわからせるのだ。お前がニタク兄の領地を削る……。あの兄にとって、これほどの屈辱はないだろう」


シーズがニヤリと笑う。何とも、イヤな笑みだ。


「まあ、領地の話はさておき、何か我々ができることはないか?」


宰相が口を開く。できること、と言われても、何をしてもらうべきなのか、全く見当もつかない。そのとき、クレイリーファラーズが口を開いた。彼女は授業中に発表をするかのように、真っすぐに右手を挙げている。


「ハイ」


「どうしました?」


「私から宰相様に、お願いがあります」


「何でしょうか?」


「私は……お腹がすいています」


……おいアンタ、何を言っているんだ??

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