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第二百七十八話 お気の毒

「本当に、私は、何もしていませぇん」


クレイリーファラーズは全力で目を潤ませる。だが、シンセン公爵の眉間の皺はさらに深くなった。どうやら完全に疑われているようだ。このままでは本当に追い出されかねない。


「本当なんですぅ、公爵様。この目を、この目を見てください!」


彼女はずいっと顔を公爵に近づける。さすが武人の公爵だ。力強い目でクレイリーファラーズを睨みつけてくる。おあつらえ向きの注文通りだ。


「キシャァー!」


そのとき、公爵の肩に止まっていたドラゴンが大きな口を開けてクレイリーファラーズの肩に噛みついた。


「いってぇ!」


「ゲーア!」


あまりの激痛に、クレイリーファラーズは肩を押さえて蹲る。


「慈悲深き神よ、この者の傷を癒し、安寧たる日々を与え給え」


誰かが詠唱している声が聞こえる。徐々に痛みが和らいでいく。ふと顔を上げると、目の前にはハウオウルが控えていて、彼女の肩に手を添えていた。


相変わらずドラゴンはバタバタと羽を動かしながら公爵の肩の上で暴れている。あまりのことに、周囲は息を呑んで様子を見守っている。


「ゲーア、ゲーア、ゲーア!」


公爵はそう言ったかと思うと、右手でドラゴンの頭を鷲掴みにした。すると、あれだけ暴れていたドラゴンが、嘘のように静かになった。


「落ち着け。落ち着くのだ、ゲーア」


ドラゴンは公爵の言葉を聞くと、ぐるりと首を廻したかと思うと、落ち着きなく周囲をキョロキョロと見廻し始めた。


「失礼した。傷の様子は?」


「すぐに回復魔法をかけたので、大丈夫だと思うぞい」


ハウルオウルの言葉に、公爵は大きく頷く。


「翁の対応に感謝する」


彼はそう言うとクルリと踵を返してその場を去っていった。肩に乗ドラゴンは何度も後ろを振り返りながら、クレイリーファラーズを睨みつけていた。


「えらい災難じゃったの、お嬢ちゃん」


「ありがとうございます。あの……手を離していただけます?」


ハウオウルは苦笑いを浮かべながら、立ち上がった。


◆ ◆ ◆


控室でヴァッシュと抱き合って喜んでいると、クレイリーファラーズが公爵の飼うドラゴンに噛まれたという知らせを受けた。慌てて現場に急行すると、すでに騒動は収まっていて、クレイリーファラーズは侍女に連れられて部屋を後にするところだった。


案内されたのは、最初に通された部屋だった。何かお持ちしましょうかという女性の言葉に丁寧に礼を言い、俺たちはソファーに腰かける。パルテックに抱かれていたワオンが、こちらに来たそうな顔をしていたので、彼女を抱っこして膝の上に座らせる。尻尾をゆっくりと振って、なんだか嬉しそうだ。


クレイリーファラーズは何とも言えぬ表情をしている。聞けば、公爵の飼うドラゴンはワイバーンらしく、顎の強さはドラゴンの中でも一、二を争うのだという。仔竜とはいえ、噛まれれば肩を抉り取られてもおかしくなかったのだそうで、ハウオウルのお蔭もあるが、無傷でいられるのは、運がいいのだという。


「で、一体何があったのです?」


「別に」


別にも何も、何もなければ噛まれることなどないだろう。俺は呆れながら、さらに言葉を続ける。


「どうして噛まれたのです?」


「さあ……」


「……」


せっかく喜びに浸っていたのに、その気持ちがどんどん盛り下がってくる。そのとき、俺の頭の中に、クレイリーファラーズの声が響き渡った。


『あのポンコツドラゴンのお蔭で、フェルディナント……。私のフェルディナントを手に入れる絶好のチャンスが全部パアになったわ。もう一回リベンジしたいのです。何とか、フェルディナントに近づけるようにしてください』


「ちょっと……何?」


『もう一息だったのです』


「何が? どういうこと?」


『こちらにフェルディナントを来させるところまでは上手くいったのですけれど、あのポンコツドラゴンが騒いでしまって、すべてがオジャンになってしまいました。もう少しで、フェルディナントの心を奪えるところだったのに……』


「え?」


『目を近づけることさえできれば、天巫女の力であのお方の心に、私が最愛の人であると暗示をかけることができたのに……。もう一息だったのです。この機会を逃すと、次のチャンスはないでしょう。だから、もう一度、リベンジを……』


「おい!」


「ちょっと、ダメよ。そんな乱暴な振る舞いは」


ヴァッシュがスッと俺の手を握ってくる。彼女にはこの天巫女の話は聞こえていないのだ。まあ、聞けば凄まじいマシンガントークが炸裂することは目に見えているのだが。


ヴァッシュはクレイリーファラーズに向き直って、静かに口を開く。


「ドラゴンに噛まれて、さぞ驚いたことでしょう。取り敢えず今日は、お屋敷に戻ってゆっくり休まれては?」


その言葉に、ハウオウルとパルテックが静かに頷く。


『うるせぇよ、小娘』


クレイリーファラーズがプイッとそっぽを向きながら、俺にそんな言葉を送ってくる。


「そうだな。確かに驚いたことだろう。今日は帰って休むといい。しばらくは、食事も軽めのもので済ませて、体調の回復を図るといい」


俺の言葉に、クレイリーファラーズがものすごい勢いで睨みつけてきた。

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