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第二百七十一話 立場の違い

「あの……ムロウスって?」


一体何を言っているんだと言いたげに、俺は口を開く。すると、またしてもシーズの表情がギョッとしたものに変わった。


「まさか、そこも、聞いていなかったのか!?」


シーズは大きなため息をつくと、ヤレヤレといった表情を浮かべる。


「少しはまともになったと思っていたが、のんびり屋の性格はそう簡単には直らないらしいな」


そう言うとシーズは少し厳しい表情に変わる。何か、怖い……。


「お前は、侯爵に任じられたのだ。そのために、それにふさわしい名を名乗らねばならない。わかるな? お前は今日よりヒーム・ユーティン家から完全に離れて、新たにムロウス・ユーティン家を立てたのだ。間違っても今後は、ヒーム・ユーティンなどと名乗るんじゃないぞ」


「あ……え?」


「今日からお前は侯爵なのだ。国王陛下や宰相様から直に命令を受ける立場なのだ。それだけではない。諸侯会議にも参加を許されるのだ。これから国を支えていく者として、もっと自覚するといい」


「諸侯会議……」


「そうだ。三ヶ月後に開催が予定されているから、もうすぐだ。今回は、私とお前が新たに侯爵に任じられたために、宰相様以下、すべての公爵と侯爵が出席するものとなる。それも、心しておけ。最初からドジを踏まぬようにな」


こうしゃくこうしゃくと繰り返されるので、頭の中が混乱してきた。ええと……公爵と侯爵ってことだよな。それって、かなり身分の高い人たちじゃないのか? ちょっと待て、待ってくれ……。


そのとき、俺の頭にふとよぎるものがあった。


「あの……ニタクの兄さん……は?」


シーズがさも嬉しそうな表情に変わる。これはこれで怖いし、何だか気味が悪い。


「当然、子爵のままだ」


「ええと……ということは……」


「我々とは住む世界の違う方になった、というわけさ」


「あの……それは、どういうことでしょう?」


「決まっている。これまでは兄上が我々にとかやく命じてきたが、今日をもって、我々が兄に命じる立場になったのだ。兄は我々の命令を拒否できない。それこそ、靴を舐めろと言えば、兄は我々の靴を舐めなければならない」


「そ……そんな……」


「安心しろ。そんなことを命じるつもりはない。ただ、これまで散々振り回されてきた煩わしさから解放されるのだ。まあ、あの兄のことだ、兄という立場を利用して、我々に近づいて来ることも十分に考えられる。油断するな」


そこまで言うと、シーズは立ち上がり、いつもの表情に戻って、俺に視線を向けた。


「さあ、これから舞踏会だ。今回の主役はノスヤ、お前だ。十分に準備をするといい」


そう言うと、シーズはパンパンと柏手を二回打った。すると、扉が開いて、初老の男性が入室してきた。


「この二人をゲストルームに案内しろ。くれぐれも、粗相のないようにな」


シーズの言葉を受けて、男は恭しく一礼する。


「では、また後で」


そう言ってシーズは部屋を後にしていった。あまりに情報が多すぎて、頭が追い付いて行かない。思わず隣に座るヴァッシュに視線を向ける。


「……何?」


「いっ、いや、何でもない」


「ワオン、私が抱きましょうか? ずっと抱いたままだから、疲れたでしょ?」


「いや、大丈夫だ。ワオン、大丈夫か?」


「ンきゅ」


ワオンが愛くるしい瞳を俺に向けながら頷いている。彼女の澄んだ瞳を見ると、何だか心が軽くなる。


「それでは、ご案内いたします」


シーズに呼ばれた男が、俺たちの近くにやって来て、俺たちに笑顔を向けてくる。そして、促されるままに俺とヴァッシュは部屋を後にした。


長い廊下を歩き、さらに、右へ左へと曲がっていく。相変わらず、一体どこをどう歩いているのか見当もつかない。間違いなく、この案内してくれている人とはぐれれば、俺はここで迷子になるだろう。それに、不思議なことに、廊下を歩いているのは俺たちだけで、すれ違う人は皆無だ。当然、後から追い抜かれることもない。この城の、この建物の中には俺たちとこの男の人だけなのだろうか。だとすれば、ここではぐれてしまうと、俺たちは餓死してしまうのではないかと、下らぬことを考える。


「こちらへどうぞ」


「おっ!?」


考え事をしている最中に、突然話しかけられて、思わず変な声が出てしまった。見ると、案内役の男性が扉を開けて、中に入るように促している。俺は礼を言って、部屋に入る。


「……何これ?」


思わず口をついて出てしまった。それほど、この部屋は俺の予想を超えたものだったのだ。


目の前には、俺の身長の倍ほどもある鏡が置かれている。そして、その奥には長い机が置かれていて、その上にはこれまた大きな鏡が置かれている。視線を左に移せば、分厚いカーテンが引かれていて、中を窺い知ることはできない。


チリリリーン。


突然、鈴の音が響き渡った。振り返ると、部屋に案内してくれた男が、鈴を鳴らしている。


「はぁーい」


カーテンの奥から声がしたかと思うと、小太りで小柄な女性がピョコンとカーテンの隙間から顔を出した。


「アラ、お待ちしておりましたー。どうぞー」


彼女はさも大儀そうにカーテンの中から椅子を持ち出して、鏡の前に置き、スッと手を差し出して、そこに座るように促した。俺とヴァッシュは、思わず顔を見合わせた……。

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