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第二百七十話  よかったよかった

「やあ、ノスヤ。おめでとう」


動揺しまくる俺に、シーズが声をかけてきた。笑っているが、目の奥は笑っていない。いつもながら、この人を見ると、妙に緊張する。


「あの……俺には何が何だか」


「フッ。こっちへ来い」


シーズは小さく顎をしゃくると、俺が先ほどこの部屋に入ってきた扉に向かっていった。思わず隣のヴァッシュに視線を向ける。彼女は優し気な笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いている。


会場内は相変わらず騒々しい。全員が俺をチラチラ見ながら話をしているように見える。ああ……再びお腹が痛くなってきた。


こんな所にいては、ストレスが溜まって仕方がない。俺は、ワオンを抱き直すと、シーズの後を追う。ヴァッシュも俺について来た。


扉を出て、しばらく歩くと、シーズが左に曲がった。慌てて追いかけると、そこにはすでに彼の姿がなかった。


「何をしている。こちらだ」


突然、扉が開いたかと思うと、シーズが相変わらず笑顔を浮かべたまま手招きをしている。慌てて彼の許に向かう。


部屋に入るとそこは、執務室のような部屋だった。大きな机があり、その前に応接セットのようなソファーが備えられている。シーズは、その中の一つの椅子に腰を下ろすと、俺にも座るように促した。


「いや、改めておめでとう」


俺が着席すると、いきなり満面の笑みで祝いを述べられる。相変わらず目は笑っていない。不気味さが半端ない。


「あの……俺には、何が何だか……」


「何を言っているのだお前は。今日からお前は西キョウス地区の統監となったのだ。もっと堂々と振舞え」


「西キョウス地区……?」


俺の言葉に、シーズは呆れた表情を浮かべる。


「宰相様の話を聞いていなかったのかお前は。西キョウス地区だ。つまり、お前が今、住んでいるラッツ村を含め、三十ケ村とルワタリら六つの街を統括するのだ。責任重大だぞ」


「え? 今、何て……? ラッツ村? あの……ラッツ村は没収されたんじゃ……」


「わからないヤツだ! 気が動転して混乱しているのか?」


シーズの眉間に皺が寄っている。怖い……怖さと不気味さがヤバイ。彼は俺から視線を外し、隣に控えているヴァッシュに視線を向けた。


「あなたの口から説明してやってくれないか。この大バカ者に」


ヴァッシュは無言で一礼すると、スッと俺の手を握った。


「よく聞くのよ? ラッツ村は確かに没収されたわ。宰相様のお言葉にもあったでしょ? 侯爵以上の者に任ずると。それで、あなたが侯爵に任じられて、改めて、ラッツ村を含む西キョウス地区の統監に任じられたのよ」


「え? ということは、俺は、ラッツ村から出ていかなくていいってこと?」


俺の言葉に、ヴァッシュはゆっくりと頷く。


「やった……やった……やった……。ああ……よかった……。覚悟はしていたけれど、いざ、あの村から出ていかなきゃいけないって聞いたときは、泣きそうだったんだ。出ていかなくていいんだ。ああ……よかった……。これからもずっと、あの村で、ヴァッシュと一緒に暮らせるんだ。よかった……。出ていかなくっていってさ、よかったな、ワオン」


「ンきゅ」


俺の言葉に、ワオンが大きく頷いている。彼女も嬉しそうだ。


「おい、ノスヤ。お前、まさか、これからもラッツ村で住み続けるつもりか?」


突然、シーズの頓狂な声が聞こえる。見ると、ヤツは目を丸くして驚いている。


「そのつもりですが……」


「あんな小さな村で、政務は取れないだろう。ルワタリに移れ。あそこには統監の公邸もある。何かと便利だ。そうした方がいい」


「えっ……いや……その……」


「お言葉ですが」


うろたえる俺の隣で、ヴァッシュの凛とした声が響き渡る。シーズが居住まいを正して、彼女の方向に向き直った。


「ラッツ村はインダーク帝国との国境に面しています。今後、主人はインダーク帝国との折衝のお役目も担うのではありませんか? で、あれば、ラッツ村で政務を執ることは、決して間違ってはいないと思います」


「ほう……なるほど。あなたの方が、よほど統監の職務に向いてそうだ。その通りだ」


シーズは再び気味の悪い笑みを浮かべながら俺に視線を向ける。


「ノスヤ、お前にはこれから、西キョウス地区の内政だけでなく、隣国のインダーク帝国との折衝の役目も担うことになるのだ。今までのように、ノホホンとしている時間はないと思え」


「ええっ!?」


「何を驚いている。そのくらいは予測がつくだろう。西キョウス地区の収穫状況はもちろんだが、治安などの内政全般を担当するのだ。それに加えて、外交の一部も担うことになる。正直言って、激務だぞ。心してかかるのだ。……そんな顔をするな。お前ひとりでやれと言っているわけではない。お前は宰相様の直属となる。私と同じように、宰相様の指示をいただいて動くことになる。心配するな。私も、できるだけの手助けはするつもりだ」


そう言ってシーズは何度も頷く。結局、仕事量が増えるだけで、中身は、宰相やシーズの命令をこなしていくことになるのか? ……なんか、憂鬱だな。


「さあ、その話はまた後だ。これから、お前の侯爵の叙爵パーティーだ。早く準備にかかれ。これからも期待しているぞ。ノスヤ・ムロウス・ユーティン侯爵」


うん? シーズ、アンタ名前を間違えたぞ? 誰だよ、ムロウス・ユーティンって??

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