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第二百六十九話 何がどうなった?

「……ンきゅ」


ラッツ村を没収するという宰相の言葉を聞いた瞬間、俺の腕に抱かれていたワオンが、ガバッと起き上がった。いままで、まるでぬいぐるみのように、俺の胸にずっと顔をうずめていたのが、突然、顔を上げたのだ。それを見た宰相が一瞬、驚きの表情を浮かべた。


彼は眼をスッと細めたが、やがて、手元の紙に視線を戻して、さらに言葉を続けた。


「なお、没収した領地については、国王直轄領とする」


会場内から、小さなどよめきが起こり、ざわざわと人々の話し声が聞こえてくる。


「静粛に」


宰相の、よく通る声が満場の会場を圧した。さっきまでのざわめきが嘘のように、会場内が静寂に包まれる。


「ラッツ村の統治については、国王陛下の勅命により、侯爵以上の者をもってその任に当たらせる」


宰相の言葉に、再び会場内がざわめく。待てよ、侯爵って言ったな? さっき、シーズが侯爵に任じられていたよな? まさか、俺からラッツ村の領主の座を奪って、シーズに与えるって言うんじゃないだろうな……?


背中にイヤな汗が流れる。あり得ないことではない。いや、むしろ、それが自然だ。宰相にしてみれば、自分の右腕とも言えるシーズをラッツ村の領主にすれば、作物の管理から隣国のインダークとの折衝まで上手くやってくれるだろう。なるほど、そういう魂胆だったか……。


俺は全身から力が抜けていくのを感じた。きっと、全く知らない土地に飛ばされるのだろう。……仕方ない。仕方ないじゃないか。また、見知らぬ土地で、ヴァッシュとワオンとで、新しい生活を作ればいいのだ。あ、いいこと思いついた。ラッツ村の人々も、新しく住む土地に一緒に移ればいいんじゃないか? 景色が変わるだけで、人々は一緒……。うん、どこまでできるかわからないけれど、それができるのなら、新しい土地に移ってやってもいいな。


そんなことを考えながらふと、顔を上げる。……宰相と目が合ってしまった。何だか、鋭い眼差しを向けられている。ここは大人しくしておこう。


抱いているワオンを撫でて心を落ち着ける。宰相は再び手に持っていた紙に視線を戻し、さらに言葉を続けた。


「ノスヤ・ヒーム・ユーティン」


再び俺の名前が呼ばれた。このタイミングで呼ばれるとは思ってもいなかったので、体がビクッと震える。そのために、変な間が開いてしまった。


「は、は、はいっ」


アタフタと椅子から立ち上がって、直立不動の姿勢を取る。俺と同じように、ヴァッシュも立ち上がる。彼女は両手を腹の前で組みながら、少し頭を下げている。……って、また、宰相と目が合ってしまった。……今度は優しそうな眼差しだ。


「この度、長きにわたって敵対してきた、インダーク帝国との講和を成し遂げたる功績は、朕をして、大いに満足せしめる成果である。これにより、我がリリレイス王国は、未来永劫の和平を手に入れたと言って過言ではない。また、先の食糧危機の際においても、最も多くの食料物資を提供しただけでなく、家を失い、畑を失った者たちを自領にて受け入れ、多くの民の命を救いしことは、我が国の模範となるべき行いであると認める。よって、ノスヤ・ヒーム・ユーティンについては、朕の特別な配慮をもって、長きにわたって絶えていたムロウスの称号を名乗ることを許し、合わせて、西キョウス地区の統監に任ずる」


宰相の言葉が終るか終わらないかのうちに、会場内から大きなどよめきが起こる。皆、一様に驚きの表情を浮かべている。一体俺には何が何だかわからない。


ふと、隣のヴァッシュに視線を向ける。彼女はゆっくりと目を開けたかと思うと、俺に向かって小さく微笑んだ。その瞬間、俺の心は落ち着いた。会場内の喧噪を尻目に、ゆっくりと宰相に視線を向ける。彼は俺を見ると、ゆっくりと、大きく頷いた。


「諸侯、静粛に」


再び宰相の声が満場の人々を圧する。彼は、会場内にゆっくりと視線を向け、皆が静まったのを確認すると、再び手許の紙に視線を落とした。


「侯においては今後、我が国の柱石としての働きを強く期待する」


宰相は、手に持っていた紙を丁寧に押し頂く。すると、それが合図であったかのように、シーズが盆のようなものを持って彼の前に畏まった。宰相は紙をその盆の上に置き、いつもの優しげな笑みを湛えた表情を浮かべた。


「本日陛下におかせられては、ご不快のため、ご臨席を賜ることはできなかったが、本日論功のあった者たちには、特に、今後の働きに期待するとのお言葉を承っている」


「ハッ」


「ハハッ」


論功を受けたフェルオン男爵とシーズが恭しく一礼している。俺も慌てて頭を下げる。


「本日の論功行賞は、これにて終了とする。この後、功績のあったお三方の功績を祝う舞踏会を予定している。準備が整うまで、しばらくの休憩とする」


そう言って、宰相はスタスタとその場を後にしていった。彼の退出を見届けると、会場内が一気に騒がしくなった。ふと視線を向けると、会場内の全員と目が合った。どうやら皆、俺のことを喋っているようだ。一体、何がどうなっているんだ……!?

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