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第二百六十五話 着替えの邪魔

寝室に入ると、そこはまるで戦場のような様子だった。


鏡の前にヴァッシュがほとんど下着に近い恰好で座っていて、その周囲を三人の女性がせわしなく動いている。その隣では、ライムネイルがアタッシュケースから、まるで宝物を出すように、彼女の衣装を取り出していた。そのあまりの様子に、パルテックはただ、ヴァッシュの近くで心配そうに見守っているし、ワオンは、部屋の隅でただ茫然とその光景を眺めていた。


「あ、ノスヤ様」


俺に気づいたライムネイルが恭しくやって来る。彼は、俺を部屋の隅に連れて行くと、クローゼットを開いた。そこには、俺の衣装が納められていた。


「奥方様は今、準備の最中ですから、先にお着替えになりますか?」


否も応もない。ライムネイルは衣装を手に取ると、俺を部屋の外に連れ出し、応接室に連れて行った。当然、そこにはシーズがいた。


俺の姿を見て小首をかしげるシーズ。そんな彼に、ライムネイルはここでお着替えを願いますと言い、シーズを追い出してしまった。部屋を出ていくときのシーズの満足そうな笑みが、何とも不気味だった。


ライムネイルは、着替えが終わったら、寝室にお戻りくださいと言って、すぐに部屋を出ていってしまった。ポツンと部屋に取り残された俺。目の前には、着るべき衣装が置かれている。


仕方がない、着替えるかと衣裳を手に取ったそのとき、扉が開いた。何だと思って視線を向けると、そこにはクレイリーファラーズがいた。


「何ですか? 今から着替えるのですが?」


「どうぞ」


「どうぞじゃないでしょう。着替えると言っているでしょう」


「ですから、どうぞ」


「あのなぁ……」


思いっきり睨みつける俺に、クレイリーファラーズはさも当然、といった表情を浮かべながら口を開いた。


「外に、シーズとジジイが喋りこんでいるのです」


「……だから?」


「わかりませんか!? このまま私があそこにいれば、間違いなく襲われます」


「その可能性はゼロだ。安心するといい」


「いいえ。絶対に襲われます」


「じゃあ、何もこの部屋じゃなくて、自分の寝室で隠れていればいいだろう」


「それこそ、ヤツらの思うつぼじゃないですか! 狭い逃げ場のない部屋に逃げ込めば、余計に襲われやすくなります! 寝室ですよ、寝室! ベッドがあるのですよ! ベッドを見て欲情した男たちが、私を乱暴にベッドの上に放り投げて、嫌がる天巫女ちゃんの服を乱暴に、無理やりに脱がせて、二人で私を……」


「じゃあ、部屋の中で姿を消せばいいじゃないですか。できるでしょ?」


「部屋に入った私の姿が見えなければ、大騒ぎになります!」


「ならないと思うよ?」


「じゃあこうしましょう! ここで私が姿を消します。だったら、あなたも着替えやすいでしょ?」


「いや、とりあえず、出ていってください。何でしたら、俺の寝室に行っていてください」


「……小娘やババアがいるじゃないですか」


「……お手洗いにでも隠れていなさいよ」


「衣装が、私の部屋にあるのですよ……」


「うん? 仰る意味が分かりませんが?」


「あなたが着替え終わると、また寝室の戻るのでしょ? そのときに、私も一緒に行きますから。衣装を持って。ですから、一旦、私の部屋に寄ってほしいのです。衣装を持ってきますから」


「ごめんなさい。何を言いたいのか全く分かりません」


「ですから、今、あなたの部屋では、小娘が着替えと化粧をしているのでしょ? その後に私が化粧と髪のセットをしてもらうのです」


「え? 何を言っているんだ?」


「え? 私、何か、変なこと言いました?」


クレイリーファラーズが真顔で驚いている。あれ? 俺の考えが間違っているのか? いやいや、この天巫女は主役じゃない。あくまでこの舞踏会の主役は俺とヴァッシュのはずだ。


「別に、あなたが化粧をする必要はないと思いますが?」


「ひどい! 私の恋路を邪魔するなんて!」


「何の話だよ」


「フェルディナントと私の恋路を邪魔するなんて、馬に蹴られて死んでしまえばいいんだわ!」


「え? まさか、本気でシンセン公爵を?」


「当り前じゃないですか」


「ウォーリアさんはどうするんだよ」


「あの人は結ばれることのない人です。あのフェルディナントは、きっと私と深く分かり合える気がします」


「気のせいですよ」


「いいえ。私の直感に狂いはありません」


「何を言っていやがるんだ。バカバカしい。俺は忙しいんだよ」


そう言って俺は、鏡の前に立つ。


「あれ? いつの間に着替えたのですか?」


「あなたが喋っている間にですよ。時間の無駄ですよ。……よし、こんなもんか。あとは、ライムネイルさんに何とかしてもらおう」


誰に言うともなく呟いた俺は、部屋を出ていこうとする。クレイリーファラーズがちょっと待ってと言って、俺より先に部屋を出ていった。


「おお、似合っておるの」


俺の姿を見たハウオウルが、満足そうに頷いている。そんな彼に笑顔を返す。シーズは相変わらず冷たい笑みを浮かべていたが、俺の姿を見て、スッと立ち上がり、一つ頷くと踵を返して部屋を出ていこうとした。


その様子を見ながら俺は、ヴァッシュのいる寝室に向かう。後ろからクレイリーファラーズの短い悲鳴が聞こえた。チラリと見ると、部屋を出た彼女が、シーズにぶつかっていた。


俺は彼女に声をかけることなく、寝室に向けて、歩き出した。

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