第二百六十三話 イモの白煮
「よしっ、できた」
早速、調理にかかって数十分。我ながら見事な大学芋が出来上がった。大学芋というと、黄金色のそれを思い出すだろうが、俺が作ったのはそれではない。いわゆる、「白煮」というやつだ。油で揚げず、イモと砂糖、塩だけで作ったので、ヘルシーな逸品だ。
「おイモ~♪ おイッモ~♪ イモイモイモイモのイモ~♪ イモがイモしてイモになる~♪ イモだからイモになってイモぉ~♪」
聞くに堪えない歌が聞こえてくる。静かにしなさいよ。隅で働いている料理人たちがずっとこちらを見ているじゃないか。俺はこの天巫女を黙らせるために、今、できたばっかりの大学芋をフォークで突き刺し、それを彼女の顔の前にもっていく。
「はいっ、あ~ん」
「あ~ん。……アツっ! あふぇふぇふぇふぇふぇふぇ~!」
クレイリーファラーズは耐え切れないとばかりに、口の中のイモをペッと吐き出す。そして、キッチンの隅に置いてある水瓶に向かって猛ダッシュして、ゴクゴクと水を飲んでいる。
「アふぃじゃないれすか! 何、するんれすふぁ!」
「気味の悪い歌を歌うんじゃないよ。皆が注目しているでしょうが」
「ううううう」
「さあ、たくさん作りましたよ、召し上がれ」
「ひろい! ひろいじゃないですか! おくヒの中がヤケドしてしまったじゃなれすか!」
「大好きなイモだろ? たくさん食べるといい」
そんなことを言いながら、イモの白煮を三枚の皿に盛りつけて、手を叩く。すると、すぐにブリトーが現れた。
「できましたか。おお、これは……初めて拝見するお料理ですね」
「大学芋を作ろうと思ったのですが、直前に変更して、これにしました。あ、よかったら、食べてみてください」
俺は皿をブリトーに差し出す。彼は不思議そうな表情を浮かべている。しまった、大学芋など彼は知らないはずだった。失敗したなと思ったそのとき、彼は傍らにあったフォークを取り、失礼しますと言ってイモを突き刺し、それを口の中に放り込んだ。
「オフッ……これは、何とも……上品なお味で……美味しゅうございます」
彼は満面の笑みを浮かべながら、胸ポケットに差したハンカチを上品に使いながら口元を拭う。そして、再び笑みを浮かべながら、テーブルに置いてあった皿を手に取り、俺をキッチンの外に案内する。
彼は一流ホテルのレストランにいる支配人のように、手で皿を持ちながら、もう一枚の皿を腕に載せながらドアを開けていく。この世界でも、こうした振る舞いがちゃんと定着しているのは、少し驚きだった。
「おお、戻られたか」
部屋に入るなり、ハウオウルが待っていたと言わんばかりに、椅子から立ち上がる。やはり、一人でこの部屋にいるのは、暇だったのだろう。
「お待たせしました。大学芋……というより、イモの白煮を作ってみました」
「おお、美味そうじゃな」
ブリトーがハウオウルの前に皿を置き、その隣に紙を敷き、フォークを載せる。
「おお、いただくぞい」
ハウオウルはフォークを手に取ると、イモを口の中に放り込んだ。
「うん! 美味い! これはよいな!」
次々にイモを口の中に放り込んでいく。どうやら、かなり満足してくれたようだ。俺はブリトーに目配せをして、彼の持っている皿を受け取る。
「では、ちょっと、ヴァッシュのところに行ってきます」
笑顔で手を振るハウオウルを見ながら、俺はブリトーから二枚の皿を受け取る。部屋の扉をノックするが、返事はない。まだ、風呂場にいるのかと思いながら扉を開ける。皿を二枚持っているので、ドアノブが廻しにくい。
「きゅー」
俺の姿を見つけて、ワオンが後ろ足立ちになって喜んでいる。彼女はパタパタと走り寄ってくると、体を俺の足にすりつけた。
「よしよしワオン。オヤツを作ったぞ~。食べな食べな」
「んきゅ~」
目の前に皿を置いてやると、大喜びで食べている。小さな羽がパタパタと揺れていて可愛らしい。尻尾を振っているところをみると、相当に気に入ってくれているらしい。
さて、ヴァッシュはどこだろうか。まだ風呂場かなと思い、扉をそっと開ける。中には、一糸まとわぬ姿のヴァッシュの姿があった。
盥の中に片膝を立てて座り、濡れた髪の毛を一生懸命に絞っていた。その後ろでパルテックがタオルを持って控えている。まるで名画の一場面のようだ。あまりの美しさに、俺は言葉を失う。
「まあ、ご領主様」
俺の姿に気づいたパルテックが声を上げる。と同時に、ヴァッシュの鋭い視線が俺に向けられる。
「何よ。ノックもしないで……」
「いや、ゴメン。まだ風呂に入っているのかと思って……」
「髪の毛をセットしなければいけないから、もう少し時間がかかるわ」
「疲れているだろうから、ちょっと甘いものを作ってみたんだ。よかったら、食べるといい」
そう言って俺は、ヴァッシュに皿を見せる。彼女の眼が少し開かれた。俺は持っていたフォークでイモを突き刺し、彼女の鼻先に持っていく。髪の毛を掴んだままで、彼女はゆっくりと口を開け、イモを含んだ。
「……美味しい」
「そうか。よかった。テーブルの上に置いているから、食べるといい。ワオンに食べられないように気をつけてな。あ、ワオンの分も作ったから、安心するといい。今、夢中で食べているよ」
「……ありがとう」
ヴァッシュの顔に笑みが浮かぶ。その表情はまるで、天使のような微笑だった。
ちょうどその頃、ホールのダイニングでは、ソファーに腰かけたハウオウルとクレイリーファラーズがにらみ合っていた。
「……何じゃ、食わんのか、お嬢ちゃん。早く食わんと、儂が全部食べてしまうぞい」
スカートの裾を掴みながら震えているクレイリーファラーズ。口の中のヤケドもさることながら、嫌いなハウオウルと皿をシェアすることが、どうしてもできないでいた。
大好きなイモを目の前にして、食べられずにいるクレイリーファラーズ。そんな彼女の目の前で、料理されたイモはどんどん無くなっていくのだった……。




