第二百六十二話 根っからの……
結局、クレイリーファラーズには、外出禁止令を出した。最後のてへぺろが、俺の地雷を踏んだというわけではないが、イラッとしたのは、確かだ。
口の堅い犯人が一度自白してしまえば、あとは洪水のごとく、隠していたことをしゃべると聞いたことがあるが、この天巫女もその例に漏れず、ここ数日の行動を残らずしゃべった。
ドレスを新調していただけでなく、いわゆるエステのようなマッサージ店を物色し、化粧品を購入しようとしていたのだ。さらに、王都で評判のレストランもしっかりチェックしていて、その行動力には驚くばかりだ。その力を他に活かせば、もっとこの天巫女の人生も違ったものになっただろうに……惜しい限りだ。
「知っています? オラ・ホーラというお店。王室御用達のお菓子屋さんで、何と、何とですよ! モンブランがあるのです。これがあなた、美味しいのなんのって!」
この天巫女は無一文なのだが、一体どこで資金を調達したのかという俺の問いに、彼女の答えが振るっていた。曰く、「私は、シーズ家の人間ですから」。
どの口が言うとるんじゃ、という言葉を発する前に、ハウオウルが大爆笑していた。そして、シーズ殿の許にずっとおったらええとまで言ってくれた。俺もその意見に概ね賛成するが、クレイリーファラーズは命を懸けてでも拒否すると言って、いつものように舌打ちをしてハウオウルを睨みつけていた。
要は、シーズ家の人間だと言って、すべてシーズのツケにして、飯を食らい、お菓子を食べ、ドレスを選び、化粧品を物色していたのだ。さぞや充実した数日間だっただろう。その上、この屋敷に帰って来て、朝晩二人前の食事を平らげていたのだ。そりゃ、太るよ。
当初の予定では、王族たちが足しげく通う、痩せると評判の高級マッサージ店があり、昼からそこに行って、体を絞るつもりだったようだ。行ったところでどうにもならないだろうに……。この天巫女、本当にどうしようもない。とはいえ、今、彼女が持っている衣装はキツイらしい。そのときちょうど、メイドが、用意ができましたと言って部屋に入ってきた。俺は彼女に事情を話し、クレイリーファラーズの衣装を取りに行ってもらえないかと頼む。彼女は一言、「よろしゅうございます」と言って、その場を後にしていった。その彼女と入れ替わるように、執事のブリトーが現れた。彼はご案内しますと言って、俺をキッチンに連れて行ってくれた。
「何で付いて来るんだ?」
俺の後をクレイリーファラーズが付いて来る。俺の問いかけに、彼女はオホンと咳払いをしたかと思うと、頭の中に彼女の声が響き渡った。
『ジジイと二人っきりになるじゃないですか。あんなところで二人っきりになったら、確実に襲われます。自分の身を守らなければなりませんから』
チラリとクレイリーファラーズに視線を向ける。彼女はペロリと舌を出していた。かわいいと思っているのかね、これが。
「こちらでございます」
案内されたところは、とても広いキッチンだった。まるで、ホテルの厨房だ。ふと、目の前のテーブルに視線を向けると、そこにはフライパンと砂糖などの調味料と、ボウル、フライパンなどの調理道具、そして、大きなイモがザルに乗せられていた。
「おイモ……おイモだぁ」
クレイリーファラーズが眼を見開いている。待ちに待っていたという表情だが、放っておくことにする。
厨房の隅の方には、コックたちが忙しく動いているが、こちらに視線を向けては来ない。俺は彼らの動きを見ながら、テーブルに乗っているフライパンを手に取る。
「私どもは外で控えております。終わりましたら、手を叩いてお呼びください」
そう言ってブリトーはスタスタと厨房を出ていった。
「さあ、作りましょう! 作りましょう!」
クレイリーファラーズがせかしてくるが、一切無視することにする。俺はテーブルの調味料を確認していく。
塩、砂糖、油……必要なものはすべて揃っていた。イモは……サツマイモとは少し色が違って青みがかっている。果たしてこれが、サツマイモだろうか。
「おっイモ~♪ おっイモ~♪」
「ちょっと、このイモ、味見をしてくれませんかね?」
「へ?」
ご機嫌で歌を歌っているクレイリーファラーズに、イモの頭の部分を包丁で切って差し出す、彼女はブンブンと顔を振った。
「食べなくてもわかります。おイモです」
「いや、サツマイモかどうかを……」
「問題ないです」
「言い切るね。イモ好きだけに、見ただけでわかるってか?」
「直感です」
「はあ?」
「私の直感が、これは美味しいイモだと教えてくれています。大丈夫、問題ありません。さあ、どーんといってみよう!」
……イライラする。いや、この天巫女に話を振った俺がいけなかったのだ。俺は心を落ち着けて、大学芋づくりを始める。まずはあく抜きだ。このかなり大きなイモを適当な大きさに切らなければならない。そんなことを考えていると、クレイリーファラーズが芋を手に取って、感心している。
「いいおイモですね~。太くて真っすぐじゃないですか……。これなら大学芋がたくさん作れちゃいそうですね~」
「そのイモ、まるで、あなたみたいだ」
「どういう意味です? まっすぐだけに、素直ってことですか?」
「違うよ。根っから太っているってことだよ」
クレイリーファラーズは、手に持っていた芋を、ポイとザルの上に投げ捨てた。




