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第二百六十話  朝食

いよいよ、舞踏会本番の当日の朝を迎えた。目が覚めるとまだ薄暗かった。やはり、あまり眠れなかった。


結局、俺たちはゆっくりする時間はなく、最後の最後までバタバタだった。昨日はみっちりダンスの練習とマナーの確認とで、息を抜く間がなかったのだ。その合間を縫ってアルマイトの許に行き、ワオンの様子を見てもらったりもした。


幸い、ワオンの体調については特に問題がないようだ。だが、元々自然の中で伸び伸びと育っていたドラゴンだけに、この王都での生活はストレスになっているに違いない。もう少ししたら、ラッツ村に帰れるからねと言うと、尻尾を振って大喜びしていた。


ワオンの屈託のない笑顔を見ながら、俺は少し不安になった。ラッツ村のことだ。


あの村は、直轄地になるのだという。つまりは、俺の領地ではなくなるということだ。


ラッツ村には、いい思い出しかない。ティーエンさん夫婦、ヴィヴィトさん夫婦にはよくしてもらった。セルフィンさんの料理にはいつも幸せにしてもらった。そして、ウォーリアさんたち……。目を閉じれば、村の人々の顔が次から次へと浮かんでくる。そんな人たちとお別れしなければならないかもしれないのだ。


ヴァッシュ曰く、俺にはラッツ村よりも王都に近い肥沃な土地が与えられるだろうとのことだった。だが、正直言って俺にはそんなものには興味がない。むしろ、ラッツ村で、温かい人間関係の中で暮らしていきたいという思いが強い。


王の命令が下れば、従わざるを得ない。それを断れば、俺はもちろん、ヴァッシュもあの村を追われることになるし、下手をすれば命が危うくなるだろうということは、俺にもよくわかっている。


だが、やっぱり、どうしても、俺はあの村を離れたくない。何とかならないものか……。シーズや宰相に泣きつけば、何とかならないものか……。


そんなことを考えながら俺は、ゆっくりとため息をつく。


「……考えたって、仕方がないわよ」


不意にヴァッシュの声が聞こえる。彼女は眼を閉じたまま、俺に背中を向けている。


「なるようにしか、ならないわ。それよりも、今日の舞踏会を無事に乗り切ることが大切よ」


「わかっているよ。ヴァッシュ……」


「何?」


「眠れなかったのかい?」


「……」


「俺も、眠れなかったんだ」


「一日くらい、眠らなくても、大丈夫よ」


「そうか」


そう言って俺は、再びベッドに横になる。そして、ヴァッシュに腕枕をする。


「……」


「早く、この舞踏会を終わらせて、ラッツ村に帰ろう。直轄地になると言っても、さすがに村に帰るなとは言わないだろう。まずは、村に帰って、ゆっくりしようよ」


「そうね……」


ヴァッシュは俺の胸に顔をうずめてきた。細い彼女の肩が小刻みに震えていた。やっぱり、これだけ気が強い彼女も不安なのだ。そう思うと、ちょっと安心した。俺は彼女を抱きしめながら、再び目を閉じた。


◆ ◆ ◆


「おお、おはようさん。奥方はどうしたのじゃ?」


朝、朝食を食べようとホールに行くと、ハウオウルがにこやかに椅子に座っていた。この人は、舞踏会など全く問題にしていないらしい。いつもの通りのハウオウルだった。


「いえ、準備があると言って、風呂に入っています」


「パルテック殿も……おらんな」


「ええ。ヴァッシュについていると言って、俺たちの部屋で控えています」


「朝食は?」


「いらないと言っています」


そのとき、クレイリーファラーズが現れた。思いっきりあくびをしている。口の中が丸見えだ。


「おはようございますぅ」


「おはよう」


「あれ、ナンチャッテお嬢様とそのゆかいな仲間たちは?」


「何ちゅう言い方だよ」


「二人とも、今日の舞踏会の準備とやらで、部屋にこもっておるそうじゃ。朝飯もイランと言っているらしいぞい」


「え? じゃあ、朝食は二人分ですか? 食べきれるかしら」


朝から二人前食べる気でいるのか。一体、この人の腹の中はどうなっているのだろうか。そんな話をしていると、執事のブリトーが笑顔で朝食を運んできた。ヴァッシュとパルテックがいないことに気づいた彼は、お部屋にお持ちしましょうかと言ってくれる。その瞬間、クレイリーファラーズの眉間に深い皺が刻まれたが、無視することにする。俺はブリトーに小さな声で耳打ちをして、サンドイッチを作ってほしいとお願いをする。


「サンドイッチ?」


彼は初めて聞く名前にキョトンとした表情を浮かべていたが、やがて、俺の説明を聞くと大きく頷き、畏まりましたと言って、傍に控えていたメイドに指示を与えた。


「本日は、舞踏会でございますね。開催は夜でございますが、お昼にご主人様がお戻りになるそうです」


ブリトーの言葉に、ゆっくりと頷く。結局、シーズは初日に顔を合わせて以来、俺たちの許には現れなかった。というより、この屋敷自体にも戻って来ていない。どうも、城の中に彼専用の執務室があり、そこで寝泊まりしているようだ。そこからわざわざ、俺たちに会いに来るのだ。なにやら、イヤな予感がする。


「私は、出かけますので、あとはよろしくお願いします」


クレイリーファラーズが食事を口に運びながら、淡々と話している。そう言えば、この天巫女はここ数日、朝食を済ませるとすぐに馬車に乗ってどこかに出かけている。目が回るほどに忙しかったので、気づいてはいたが、どこに行っているのかは把握していなかった。俺は、ゆっくりと、彼女に向き直った……。

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