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第二百五十九話 衣装合わせ再び

結局、貴族からの訪問は、ヴァッシュが予想した通り、三日で終息した。二日後には舞踏会が始まるのだ。直前に押しかけてくるのは失礼にあたるし、貴族側も準備があるのだろう。


王都に来て五日。のんびり寛ぐ……などというのは無縁の日々だった。せめて今日くらいは部屋にいて、ゆっくりとしたいなと思っていたが、そんな俺の希望はあっさり打ち砕かれた。


久しぶりにホールのソファーに腰かけて朝食を摂り、今日くらいは王都見物をしたいね……などと話していると、ライムネイルが衣装を持った男たちと共に現れた。この日は、アタッシュケースのようなものを小脇に抱えた肥った男も連れていた。彼は俺とヴァッシュを寝室に連れて行くと、試着をしてくれと言って、衣装を差し出した。


俺たちは顔を見合わせながら、差し出された衣装を受け取る。どうやら俺のものは燕尾服のようなデザインのようだ。ヴァッシュはすこしピンクがかった衣装で、前回、俺が涙を流すほどに感動したときと同じものだった。


まず先に俺が風呂場に行き、衣装を着替える。シャツもズボンもちょうどいいサイズだ。ほとんど採寸していないのに、よくこれだけピッタリなサイズに仕上げられたものだ。あの、ライムネイルという人は、かなりの腕があるのだろう。不思議なのは、ジャケットにたくさん切り込みが入れられていることだ。パッと見ではわからないようになっているようだが、ここまで切り込みを入れる必要があるのだろうか。


そんなことを思いながら部屋を出ると、ヴァッシュとパルテックが衣装を検めていた。二人は俺の様子を見て、満足げな表情を浮かべている。パルテックなど、手をパチパチと鳴らして、大変よくお似合いでございますと言って喜んでいた。ヴァッシュは笑みを浮かべながら頷いていたが、彼女もそれなりに満足してくれているようだ。


ヴァッシュとパルテックが着替えのために、風呂場に入っていく。そして、先ほどの肥った男が笑みを浮かべながら近づいて来る。


「お初にお目にかかります。私は、宝石商のマルコと申します。シーズ様にはいつもお世話になっております。どうぞ、今後ともご贔屓に」


「あ、ああ。よろしくお願いします」


マルコは小脇に抱えていたカバンを床に置いて、ゆっくりそれを開けた。中には、白い布でくるまれたものがいくつも収められていた。彼はその中の一つを大事そうに取り出した。


「失礼します」


マルコは金色のブローチのようなものを取りだして、それを、俺の右胸のところに付けた。どうやら、ジャケットの切れ込みは、こうした装飾品を付けるためのもののようだ。


「うん。少し小さめの……このくらいの大きさがちょうどよろしいかと」


マルコもライムネイルも、満足そうに頷いている。こうした装飾品のことはまるでわからないので、俺はただ、愛想笑いを浮かべるしかない。二人は、肩のところがどうだの、袖口のところがどうだのと、話し合っている。そんなとき、風呂場の扉が開いて、ヴァッシュが現れた。


ほとんど化粧をしていないが、やはり、美しい。俺の嫁さんは、キレイなのだ。思わず心の中でガッツポーズを決める。そんな俺を尻目に、マルコは揉み手をしながらヴァッシュに近づいていく。


「おお、何とお美しい。これは、噂以上ですな。これほどの美しさなのですから、そこいらのものではいけませんね」


彼はカバンから俺と同じ、白い布にくるまれたものを取りだした。中にはネックレスが入っていて、それを丁寧にヴァッシュの首に付けた。さらに彼は、カバンから薄い箱を取り出してそれを開けた。中には、細いティアラのようなものが入っていて、それをヴァッシュの頭に載せた。


なんだか、ヴァッシュの上品さが際立っている気がする。


「鏡を見せてもらえるかしら」


ヴァッシュの声に、ライムネイルの部下たちが部屋の隅に置かれている姿見を運んでくる。彼女は色々と角度を変えながら、ドレスと装飾品のバランスをチェックしているようだ。


「まだ、髪の毛をまとめておいでではございませんから、ティアラが小さいとお感じになるかもしれませんが、おそらく、この大きさで問題ないかと存じます」


「ちょっと待って」


ヴァッシュはマルコに目配せをする。すると彼はティアラを丁寧に外して、元の箱にしまう。それと同時に、パルテックがヴァッシュに何かを手渡した。彼女はそれで髪の毛をまとめて、ポニーテールにした。そして、再びマルコに目配せをすると、彼はティアラを彼女の頭の上に載せた。


「……いい感じね」


ヴァッシュの言葉に、マルコは満足そうに頷く。


「では、靴を合わせてみましょうか」


いつの間にはライムネイルが、二つの箱を持っていた。そこには、男性用と女性用の靴が用意されていた。俺たちはそれを試着する。


「うん、ピッタリです」


「わたしも、ピッタリだわ」


ヴァッシュと顔を見合わせながら頷く。特にサイズなど言っていないのだが、これすらもぴったりなものを持ってきた。このライムネイルの眼力には恐れ入る。


「それでは、明日、また参ります。何かご要望がございましたら、明日また、伺います」


そう言ってライムネイルたちは帰っていった。


「いや、すごいな、あの人たちは」


「ちょっと待って」


ジャケットを脱ごうとした俺にヴァッシュが声をかけてくる。驚いて振り向くと、彼女は真っすぐな瞳を俺に向けていた。


「何だい?」


「まだ、脱がないで」


「どうしてだい?」


「この衣装を着たままで、やるわよ」


「……え? そんな、いや、でも」


「やるわよ」


ヴァッシュが俺に体を摺り寄せてくる。胸の鼓動が高くなっていく。


「よっ、汚れるよ?」


「汚れるかしら? じゃあ、一回だけでやめておこうかしら。いや、でも、二、三回はしておきたいのだけれど……」


「そんなにしたら、衣装が皺だらけになるよ?」


「……それもそうね。じゃあ、一回だけ、やりましょうか」


「ヴァッシュ……」


「さあ、踊るわよ」


「え?」


「ダンスの練習をするのよ。本番だと思ってやってちょうだい。パルテック!」


「はい。婆が見ております」


「さ、やるわよ」


「何だ……。勘違いか」


「勘違いって、何よ」


「いっ、いや……感じがいいって、褒めたんだよ」


ドギマギする俺をヴァッシュは、ジトッとした目で睨んでいた。その姿もまた、とてもかわいらしいものだった。

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