第二百五十八話 値踏み?
昼食が終わると、早速、俺たちはマナーとダンスの復習に取り組んだ。ヴァッシュの気合が入りすぎて、マナーなど、ミリ単位で修正されたのだ。さすがにこれは音を上げたが、パルテックが間に入ってくれて助かった。もしこれがもう少し遅かったら、泣いていたところだ。
その後すぐに、ダンスの練習を始めたのだが、しばらく経ったとき、ライムネイルが再び部屋にやってきた。彼は、二人の男性と共に、手に持ちきれないほどのドレスをもって現れた。一体、何事かと戸惑う俺をそのままに、彼らは淡々と、クローゼットの空いているスペースに衣装を詰めていった。
「こちらからこちらまでが、奥方様のドレスです。こちらは、ノスヤ様のお召し物です。お召し替えをされましたら、こちらのバスケットに入れてください。毎朝、私どもの者が取りに伺います。もし、お召し物が足りなくなりましたら、そのときにお申し付けください。すぐに新しい衣装を持って参ります」
そこまで一気に説明すると、ライムネイルはニコリと笑顔を見せて、そそくさと部屋を後にしていった。
一体、何のためにこんなにたくさんの衣装を持ってきたのか、訝る俺たちだったが、その理由は次の日になってわかった。俺の許に、貴族たちがひっきりなしに訪問するようになったのだ。そのために、前日までのように、ホールのソファーで、皆で食事を摂るということはできなくなった。下手をすれば、そのソファーに、訪れた貴族が掛けて待っている有様だったのだ。
当初はいきなり数人の貴族が押しかけてきて動転した俺たちだったが、そこは、執事のブリトーを筆頭とするシーズ家の侍女たちが見事に捌いてくれた。全体的に醸し出す上品な雰囲気と、丁寧な対応ぶりのお蔭で、貴族たちが揉めることもなく、クレームを寄こしてくる者も皆無だった。まあ、この王国の実力者たるシーズの身内なので、堂々とクレームを言うことができる者も限られているが、ともあれ、穏便にコトが進んでいったのだ。
併せて、パルテックとハウオウルも甲斐甲斐しく俺たちをサポートしてくれたおかげで、ストレスはだいぶ軽減された。二人が部屋に控えてくれていたおかげで、貴族たちから下手に詮索されることはなかったのだ。
訪れた貴族たちは、本当に挨拶だけをして帰っていった。大体、平均して滞在時間は十分前後といったところだ。皆、判で押したように名を名乗り、俺たちに会うのを楽しみにしていたなどと言ってくる。ただ、俺たちに会えてうれしい、お美しい奥方様だ……などとおべんちゃらを言い、舞踏会でお目にかかることを楽しみにしておりますと言って帰るのだ。正直、最後の方はパターンが読めてしまって、逆におかしくなってしまい、笑いをこらえるのに困った。
彼らはまるで、示し合わせたかのように朝は十時から訪問が始まり、昼を挟んで、十四時から再開し、十七時を過ぎるとぱったりと、誰も訪れなくなったのだ。
そんな日を過ごすこと二日。俺は貴族との挨拶を終えて夕食を摂った後、ベッドルームで寛いでいた。前日は慣れないこともあって、部屋に戻ると早々に風呂に入って、そのまま寝てしまったのだが、今日は、慣れてきたためか、多少余裕がある。ヴァッシュは疲れた様子見もせずに、淡々と風呂の準備をしていた。
「いや、ようやく慣れてきたな。昨日は本当にひっきりなしにいろんな人が来たから疲れちゃったけれど、今日は昨日に比べて人も少なかったし、少しは楽だったな。ヴァッシュも大変だったね。一日に二回は衣装を着替えていたから、この二日間、休憩もほとんどできなかったんじゃないのか?」
「私は大丈夫よ」
ヴァッシュは、ワオンを抱っこしながら、彼女をバスケットの中に入れる。ワオンもずっと俺に抱かれていたために、かなり疲れているのだろう。昨日といい今日といい、食事がすむとすぐに眠ってしまっている。
「ワオンも慣れていないから、大分疲れているみたいね。ちょっと、この仔の体調が心配だわ」
「そうだな。一度、アルマイトのところに連れて行った方がいいかな。その場合は、ブリトーに言っておけば、挨拶に来る貴族たちを追い返してくれるのかな?」
「きっと、明日で訪問は終わるんじゃないかしら」
「え?」
「この王都には五十を超える貴族の屋敷があると言われているけれど、今日までにその大半が来たんじゃないかしら。明日は、そんなに多くないと思うわよ」
「そうなんだ……。それにしても、一気にやって来るんだな。びっくりしちゃったよ」
「あなたは、宰相様やシーズ様といった実力者が後ろ盾になっているの。そんなあなたを値踏みしようと、舞踏会の前に挨拶に来ているのよ。実際に会って話をすれば、その人の人となりがよくわかるから、わざわざやって来るのよ」
「え? それじゃ、俺たちはずっと……」
「何を言っているのよ。当り前じゃない。だから、シーズ様は私とあなたに豪華な衣装を届けたのよ。私たちがみすぼらしい恰好をしていれば、それだけで貴族たちの間で侮られることになるの。私たちが侮られるということは、シーズ様、ひいては、宰相様も侮られることになるのよ」
「はあ~。今の話を聞いて、さらに疲れちゃったよ。そこまで、考えが及ばなかったよ」
「いいえ。むしろ、そこまで考えない方が、逆にいいかもしれないわ」
「どういうこと?」
「そんなことをいちいち気にしていたら、喋れるものも喋れなくなるわ。あなたみたいに、いつも自然でのんびりしている方が、逆に大物じゃないかと思ってもらえるんじゃないかしら」
「それは、褒めているのか?」
「当り前よ。私は、そんな大らかなあなたが、好きよ」
「ヴァッシュ……」
彼女の一言は、俺の心をほっとさせた。本当に、この人と結婚してよかったと、心の底から俺は思ったのだった……。




