第二百五十五話 万能薬
アルマイトの表情が何だか、悲しそうだ。どうしたんだ、一体?
「これは……あくまで私の推測ですが……」
「聞かせてください、聞かせてください」
クレイリーファラーズの表情がぱああっと明るくなる。これは、儲け話だと踏んだときの顔だ。
「仔竜を囮に使った可能性があります」
「仔竜を?」
「ええ。このドラゴンはおそらくメスです。このドラゴンの生んだ仔竜が囮に使われたのではないかと考えています」
「仔竜って、水の中にいるのではないのですか? どうやっておびき寄せたのでしょう?」
「仔竜とは言え、一日に一度は陸に上がるのです。いくらドラゴンでも、一日に一度、新鮮な空気を吸い込まなければいけませんからね。そのときに狙われたのではないかと思うのです」
「なるほど。母竜を殺して、仔竜を奪い取る。その上、仲間もおびき寄せて一網打尽……。確かに、効率的な狩りですね」
「あくまで、私の推測です。外れることを願っています」
「いいえ。きっと当たっていると思います。ありがとうございます。とっても参考になりました」
クレイリーファラーズは笑顔でお辞儀をしている。そんな彼女をアルマイトは、優しい笑顔で眺めている。
「さ、玄関までお送りしましょう」
そう言って彼はスタスタと歩き始めた。
アルマイトは、俺たちが馬車に乗り込んで、シーズの屋敷に向けて出発しても、ずっと見送り続けていた。きっと、ワオンのことを心配してくれているのだろう。何だか、とてもありがたかった。
「いや~。いい話を聞けましたね」
クレイリーファラーズは満足そうな表情を浮かべている。俺は思わずため息をつく。
「いい話って、アンタまさか、ドラゴンを狩ろうなんて考えてないでしょうね?」
「そりゃ、狩れるものなら狩りたいです。大型のドラゴン一匹を仕留めるだけで、数年間は遊んで暮らせます。日本円で言うと、一億くらいでしょうか? 儲かります」
「いや、そりゃそうかもしれませんが、ドラゴンって強いんでしょ? あなた一人じゃ無理ですよ」
「だから、ドラゴンスレイヤーを雇うのです」
「ドラゴンスレイヤー? ドラゴンスレイヤーって、あの?」
「そう、ゲームでおなじみの、アレです」
「やっぱり、この世界にもいるんですね」
「それはそうです。冒険者の中でも相当ランクは高いですよ。最低でもBランクですから」
「その、冒険者のランキングのことはよくわかりませんが、まあ、強いというのは理解できます」
「そんな彼らを雇って、先ほどのアルマイト? でしたっけ? あの人が言っていたようにドラゴンをおびき寄せる方法を使えば、狩れる可能性は高まります」
「えらくドラゴンにこだわりますね。そんなに肉が食いたいのですか?」
「違いますよっ!」
クレイリーファラーズは、腕を組み、足を組み……組もうとしていたが、太ももが太くなっているためか、足を組んでも苦しいらしい。すぐに元の姿勢に戻った。彼女はコホンと咳払いすると、さらに言葉を続けた。
「血が……血が欲しいのです」
「いつからドラキュラになったんだ?」
「何を言っているんですか! ドラゴンの血は、女性にとって垂涎のアイテムなのですよ!」
「ええっ? そうなんだ?」
「ドラゴンの血は飲んでよし、付けてよしの最高の美容アイテムなのです。ドラゴンの血を煮詰めたものを体に塗ると、お肌がツヤツヤになると言われています。それだけじゃなく、皺やシミも取ってくれると言われているのです。生き血を飲めば、美しさがアップすると言われているのです。言ってみれば、美容の、女性が美しくなる万能薬なのです。それは手に入れたいと思うでしょ?」
「きれいになってどうしようと?」
「まあ、今のままでも、本気を出せば十分勝負できるのですけれど、やはり、即効性のあるアイテムを使って勝負したいじゃないですか」
「ごめんなさい、ちょっとよくわからない。そんな薬まで使って、一体、何と勝負する気なのですか?」
「フェルディナントですよ!」
「は?」
「あのシンセン将軍……。あれは、何としても落としたいです」
「え? そこ?」
「惜しいわぁ。せっかく、目の前にドラゴンの首があったのに……。血は固まってしまっているでしょうけれど、熱を加えて溶かせば、まだ使えたはずなのです。それをお肌に塗りたくっていけば、あの方をゲットできるチャンスは上がったのに……。舞踏会までまだ日数がありますよね? もう一度、あのアルマイトとかいう男のところに行って、ドラゴンの血を分けてもらいに行きましょうよ。大丈夫。その仔竜をダシに使えば、あの男は喜んで会ってくれるでしょう。なんか、最近調子がもう一つなのです~みたいな、理由を適当につけて。ね、もう一度、行きましょう。明日はいくら何でも早すぎますから、明後日。明後日にもう一度行きましょう。早くいかないと、あのドラゴンの首がギルドに売られてしまいます。そうなったら、もうチャンスはなくなってしまいます」
「いや、そんな薬は手に入らないだろう。むしろ、ないと思った方がいい」
「なっ、一体、どういうことです!」
「バカにつける薬はないってことだよ」




