第二百五十二話 竜医アルマイト
その屋敷は一見すると、何かの倉庫を連想させるような無機質な作りだった。
大体、貴族の屋敷というのは、贅を凝らしたり、オシャレさや優美さを強調したりするものというイメージがあるが、この屋敷は、そのどれにも当てはまらないものだった。
門をくぐると、大きな建物が目の前に見えている。正面に扉が見えているので、そこが玄関なのだろうと考えてそこに向かう。誰も案内に出てこない。このアルマイトという人は、貴族じゃないのか? いや、だが、周囲を見廻すと、貴族でございと言わんばかりの建物が見える。おそらく、貴族であることは間違いないのだろう。
「ごめんください」
扉を開けると、中は薄暗い。目を凝らして周囲を窺うが、人の気配はない。ふとみると、視線の先に大きな机のようなものが見えた。その上には、なにやら大きなオブジェのようなものが置かれていた。
「何だこれ?」
周囲を伺いながら恐る恐る近づく。薄暗いので、机の上に載っているものがよく見えない。俺はライトの呪文を唱えて、周囲を明るくする。
「うわっ!」
「うげっ!」
クレイリーファラーズとハモるように叫び声を上げてしまった。目の前には何と、ドラゴンの首が置かれていた。
「ワオン、みっ、見るんじゃない」
思わず抱っこしているワオンの頭を押さえて、この禍々しいモノを見せないようにする。全体が紫色で、毒々しさを感じるドラゴンだ。
「おやおや、お迎えもしないで、大変失礼しました」
突然、背後から声が聞こえた。驚いて振り向くと、背の高い、痩せた男が両手を胸の前で合わせながら、俺たちに向かって歩いてきていた。
「お待ちしておりました。アルマイト伯爵家の当主、レロン・リイク・アルマイトでございます。以後お見知りおきを」
俺たちの前にやって来ると、彼は自己紹介をして、スッと頭を下げた。その所作はとても優美で、俺は思わずその姿に見惚れてしまった。
「初めまして、ノッ、ノスヤ・ヒーム・ユーティンです」
「ええ。シンセン将軍閣下からお話は承っております。あと、宰相様や、お兄上様であるシーズ様からも。あらあらあら~かわいい仔竜ちゃんだこと」
アルマイトは満面の笑みを浮かべながら、ワオンの顔を覗き込もうとする。だが、彼女は俺にしがみついて、顔を見せようとはしない。
「まあ~何て可愛らしい仔竜ちゃん! この仔、お名前は?」
「わっ、ワオンちゃん。どれどれ、お顔を見せてください~」
アルマイトは、ワオンの首筋を撫でていたが、やがて、その手を止めた。その瞬間、ワオンの首がくるりとアルマイトの方向に向いた。
「メスの……フェルドラゴンですね。生まれて五年から六年といったところでしょうか」
彼はワオンの顔をじっと見つめて、観察している。ワオン自身は、何が起こったのかがわからないといった表情を浮かべながら、固まっている。
「はい。よろしいですよ~」
アルマイトがパチンと指を鳴らすと、ワオンの首が動いた。彼女は鳴き声を上げながら、先ほどよりもさらに強い力で俺に抱き着いてきた。
「あの……一体、何を……」
「驚かれましたか? ドラゴンには、首に急所がありましてね。そこを突いて動きを止めたのです。顔を見ないと、診察ができませんから」
「し……診察?」
「申し遅れました。私は竜医にして、竜の研究家なのです。世界中のあらゆるドラゴンの生態を研究している者です」
「そ……そうなのですか」
「ちなみに、ドラゴンの病気を治せるのは、世界中で私一人です」
そう言ってアルマイトは胸を張る。彼は再び穏やかな表情を浮かべ、さらに言葉を続ける。
「仔竜というのは、とてもデリケートな生き物です。そのために、せっかく飼ったはいいが、すぐに死なせてしまうことが多かったのです。そのため、私はそんな不幸な仔竜を生み出さないために、竜医になったのです」
「は……はあ」
「仔竜が死に至る最大の原因はご存知ですか?」
「いや、知りません」
「衰弱死です」
「え?」
「わかりやすく言うと、餓死です」
「がっ、餓死?」
「仔竜は基本的に親竜から食べ物を与えられて育ちます。その親から引き離されると、仔竜は親以外から与えられた食べ物を食べないのです。無理やり食べさせる方もおいでになりますが、ほぼ、確実に吐き出してしまうのです。そのため、衰弱して死に至ることが多いのです」
「はああ……」
「ただ、こちらの仔竜。ワオンちゃんですか? この仔は野生の仔竜とそう変わらないくらいの大きさです。よほど、ご主人との相性が良かったのでしょう。これまでたくさんの仔竜を見てきましたが、このワオンちゃんは、最高の成功例としてもいいくらいです」
「あっ、ありがとうございます」
「ノスヤ様には、どうやってこの仔をここまで大きくされたのか……。是非、お伺いしたいと思っております。ただ、その前に、一つ、やらねばならないことがあります」
「やらねばならないこと?」
「ええ。できれば、今すぐにでも」
「今すぐ、ですか!?」
「はい。そうしませんと、この仔竜……。ワオンちゃんが死んでしまうからです」
え? お前、今、何て言った……?




