第二百五十一話 何であなたが?
朝食が済むと、俺はワオンを連れてアルマイトの許に向かった。ヴァッシュはシーズの屋敷にいて、俺とは別行動だ。
というのも、ヴァッシュは舞踏会の衣装合わせをしているのだ。これも、シーズの計らいだ。当日まであまり時間がない。衣装合わせは早いほうがよいとのことで、今日の午前中からデザイナーが訪ねてくるのだという。ちなみに、俺の衣装はというと、もう決まってしまっていた。男性の衣装は、大体形が決まっているために、余程細かいところにこだわりがあるならば話は別だが、そうでない場合は、特に細かい打ち合わせはいらないのだという。そのため、俺の場合は、アルマイトの屋敷から帰ってきてからでも十分に間に合うとのことだった。
一応、ラッツ村でウォーリアに舞踏会用の衣装は作ってもらっている。俺としては、それを着て臨もうと考えていたのだが、ヴァッシュ曰く、せっかくシーズがデザイナーを派遣してくれるというのであれば、その人の意見を取り入れた方がいいのだという。衣装については全く無頓着なので、ヴァッシュの指示に従うことにする。まあ、形がある程度決まっているのであれば、ウォーリアの衣装をデザイナーに見せれば、わざわざ採寸しないでもそれなりの衣装が出来上がるのでは、と思ったが、それは言わないことにする。あとで怒られそうだ。
アルマイトの屋敷までは、そう遠くないのだという。馬車でおよそ十五分。それならば、昼食までには帰ってこられそうだと、俺は早速馬車に乗り込んだ。
「……何で?」
馬車に乗り込んだ瞬間、俺はキョトンとした表情を浮かべる。ワオンは俺の膝の上に座っているが、きっと同じ顔をしているに違いない。何と、俺が馬車に乗り込むと同時に、クレイリーファラーズが乗り込んできたのだ。しかも、さも当然、と言った表情で。
「さ、行きましょう」
「だから、何で?」
「決まっています。ジジイの毒牙から逃れるためです」
「だから、先生があなたに手を出す可能性は、限りなくゼロに近いと言っているじゃないですか」
「襲われたのです。昨夜」
「え? 何かの間違いでは?」
「縛られて、猿轡をかまされ、乱暴に服を脱がされました」
「夢でも見たんじゃないですか?」
「……」
「え? まさか、図星じゃないでしょうね?」
「……」
「……バカじゃねぇのか」
「とにかく、そんな夢を見たのです。あんなジジイと一緒にいられないでしょう」
「ハウオウル先生は出かけると言っていましたけれど……」
「あ、そうなのですか?」
「だから、別にシーズの屋敷にいてもらって構いませんけれど。ちなみに、あなたの衣装は大丈夫なのですか?」
「大丈夫も何も、私は奴隷扱いですから、私の衣装は作ってくれません。あのクソシーズの野郎……。いつかどこかでブッ飛ばさなきゃいけません。本当に、ウォーリアさんに衣装を作ってもらっていて、よかったです」
「それなら尚更、部屋にいていいんじゃないですか? いつものように、グータラできるじゃないですか」
「そうなのですが……って、違うッ! あなたに折り入って頼みがあるのです」
「頼み? ちゃんと聞いているじゃないですか。今朝も今朝とて、やれ肉のおかわりだの、ソースつゆだくだの好き勝手なことを言っていましたけれど、ちゃんとおかわりをとってあげたじゃないですか」
「それはそれで、感謝しています。お願いしたいのは、別のことです」
「一体何です?」
「あなたの部屋にあるお手洗いとお風呂を使わせてほしいのです」
「それまた何で?」
「ジジイが使った後は、イヤなのです」
「はあ? 何言ってんだ、アンタ?」
「それに、私がお風呂やトイレに入っていると、あのジジイに覗かれる恐れがあります」
「考えすぎですよ」
「じゃあ、あなたは、私があのジジイに裸を見られてもいいというのですか!? お手洗いを、用を足している姿を見られてもいいというのですか!? イヤでしょ? イヤでしょ? イヤでしょ?」
「別に……」
「何ですって?」
「いや、その可能性は極めて低いと思うのですけれどね。まあ、それは、コトが起こったときに考えましょうか」
「そんなことをしていたら! 私の操が危なくなります! 夢にまで出て来たのですよ、あのジジイは! だったら、私を襲う可能性は高いってことじゃないですか!」
「支離滅裂です。ちょっと落ち着こうか」
この天巫女と話をしていると、頭が痛くなってくる。俺は大きく深呼吸をすると、改めてこの天巫女に向き直る。
「じゃあ、お酒を提供しましょう」
「お酒ぇ? 酔っぱらって、ベロベロになって寝ちゃえってことですか!?」
「いや、そうじゃありません。強い酒には殺菌作業があるじゃないですか。できるだけ、強い酒……。火を付けたらバーッと燃えるくらいのお酒を持って来てもらいます。それで、風呂と手洗いを使うときは、殺菌して使うってのはどうでしょう?」
「覗かれるのは?」
「つっかえ棒で対応できませんか?」
「つっかえ棒?」
「確かあの扉、押して開けますよね? だから、内側からつっかえ棒をかましておけば、外からは入れないでしょ?」
「……」
「とりあえず、それで行きましょう」
「いや……」
クレイリーファラーズが何かを言おうとしたが、そのとき、馬車が停まった。どうやら、アルマイトの屋敷に着いたようだ。




