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第二百四十七話 フェルディナント、再び

「何か言ったか?」


威圧感が半端ではない。公爵が冷たい目をしたまま口を開いている。俺は慌ててその場を取り繕う。


「いえ、何でもありません。失礼しました」


「フェルディナント……と聞こえた気がするが?」


「何でもありません」


「フェルディナントは、英雄なのです」


突然、クレイリーファラーズが公爵の前に進み出る。彼女の動きに合わせて、周囲を囲んでいた兵士たちが動き出す。彼女は公爵のすぐそばまで行くと、スッと片膝をつき、顔をあげながら、何やら話しかけている。公爵は眼を見開きながら彼女の話に耳を傾けている。


「……左様か。大儀であった」


眼をカッと見開きながら、公爵は踵を返して、その場を後にしていった。


公爵の姿が消えると、周囲を囲んでいた兵士たちも部屋を後にしていく。これも、まるで入念に練習を重ねてきたかのような、一糸乱れぬ統率された動きだった。あまりに効率的に動いたために、ものの数秒で、部屋の中は静寂に包まれた。さっきまでの緊張感が嘘のようだ。


気が付くと、クレイリーファラーズがこちらに向かって歩いきていた。


「ちょっと、いきなり、何をしているんですか!」


「別に?」


済ました表情のまま、彼女は俺たちから少し離れた所で止まり、腕を組みながらあらぬ方向に視線を泳がせている。何をスネているんだか。


あんなポンコツ天巫女は放っておこう。そう思い直した俺は、周囲の人々に視線を向ける。


「終わり……ましたね」


「ご苦労さんじゃった。大極上々吉じゃぞい」


ハウオウルが満面の笑みを返してくれた。何ともホッとする表情だ。パルテックも笑顔で頷いてくれている。そして、ヴァッシュは……じっと俺を見据えている。


「な……何だい?」


「まあ、あんなものじゃない?」


「ああ、そうか……」


「ちょっとあの、プリティーさんの行動には驚いたけれど、公爵様にあなたの持っている力は並々ならないってところを見せられたし、それに、ワオンをよく守ってくれたわ。ありがとう」


そう言って彼女は、俺の腕に抱き付いた。何とも言えぬ、いい香りが鼻をくすぐる。


「きゅ~」


「ああ、ワオン。怖い思いをしたね。もう大丈夫だからね」


「きゅきゅっ」


ワオンの表情を見て、ほっこりと癒される。それはヴァッシュも同じだったようで、二人で顔を見合わせながら、笑みを交わし合う。


「さあ、帰るとしようか。シーズ殿のお屋敷に」


ハウオウルが予想もしていなかったことを口にしたために、驚きのあまり頓狂な声を上げてしまう。


「シーズの屋敷に、ですか?」


「何じゃ、聞いておらんかったのか? シーズ殿の屋敷を出るとき、舞踏会までこの屋敷を提供すると言っておったぞい」


「そうなんですか?」


……だから、困ったときはあの執事に何でも言えと言っていたのか。ようやく、あの言葉の意味が理解できた。ふと見ると、クレイリーファラーズが部屋の扉に視線を向けながら、顎をしゃくっている。早く帰ろうぜと言っているようだ。


また、あのシーズと顔を合わせなければならないと思うと、少し憂鬱だが、本当に疲れた。一刻も早く休みたい。この際贅沢は言わないで、早くシーズの屋敷に帰って、ゆっくりと落ち着きたい。そう思った俺は、早く屋敷に帰ろうと皆を促す。


「では、シーズの屋敷に帰りましょうか。皆さん、今日は本当にお疲れさまでした」


皆は笑顔で頷いた。


部屋を出て玄関に向かって歩いていると、前を歩くクレイリーファラーズがチラチラと俺に視線を向けてくる。一体何だと思っていると、頭の中に彼女の声が響き渡った。


『舞踏会、絶対私も参加しますから』


「ハアッ!?」


「どうかしたの?」


突然声を上げた俺に、ヴァッシュが驚いた表情を浮かべている。ハウオウルもパルテックも、キョトンとした表情をしている。俺は何でもないとその場を取り繕い、再び玄関に向けて歩き出す。


『フェルディナントじゃないですかー。私のフェルディナント。見つけました。見つけましたよ~。ウォーリアさんもいいですけれど、やっぱりフェルディナントだわ~。あの美しい金髪、たくましい肉体。それに何といってもあの、シブいお顔……。何としても手に入れてやるわ。だから、あなたは、舞踏会のときに、何としてもあのお方の傍に寄って下さいね。大丈夫。そこまでしてもらえれば、上手くやります。あなたのバカ兄貴に思念を使ってしまったから、今回は失敗しちゃいましたけれど、次は上手くやります。だ・か・ら、よろしくっ! 絶対に失敗しないでくださいね! フェルディナント~♪ わっわっわったしのぉ~フフフフェルディナントぉ~♪』


あまりにも自分勝手すぎる言い分と、その後に聞かされた不気味な歌……。それだけで、俺の疲れはピークを一気に越して、頭に鈍痛を覚えた。一方のクレイリーファラーズは、心なしか、スキップのようにステップを踏みながら玄関に向けて歩いているように見えた。


馬車に乗り込んだ俺は、抱いていたワオンをヴァッシュに預け、まるで、倒れるようにしてシートに倒れ伏したのだった……。

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