第二百四十五話 取り繕う
宰相、メゾ・クレールの許を辞した俺たちは、指定された貴族の屋敷にあいさつ廻りに出かけた。てっきり、長々ともてなしを受けるのかと思いきや、そこは相手も忙しいらしい。それ自体は拍子抜けするくらいに短時間で済んだ。到着して、挨拶をして、相手側から、お噂はかねがね……云々……舞踏会、楽しみにしています、と言った流れだった。
俺の挨拶自体は短時間で済んだのだが、驚いたのは、どの家もハウオウルと知り合いだったことだ。どの家の主も、「先生」や「導師」といってハウオウルをもてなしたのだ。これにはさすがに面を食らった。
何でもハウオウルは一時期、貴族たちの子弟に魔法を教えていたそうで、かなり高い地位にいたらしい。貴族たちは皆、ハウオウルの弟子である俺のために、ひと肌でもふた肌でも脱ぐと言ってくれた。言わば、同門の弟弟子のためならば、協力は惜しまないといった姿勢を見せたのだった。
ちなみにハウオウルは、突然姿をくらませて、皆を大慌てさせたらしい。どうやら、窮屈な生活に耐え切れずに、自由を求めて国を飛び出したらしいのだが……。何ともハウオウルらしい話だった。
メゾ・クレールから指定された家は十数家に及んでいたため、今日一日で廻りきれるかどうかが不安だったが、そうしたこともあって、夕方までには大半の家を廻ることができた。どの家も友好的で、嫌味なことは一つも言われることがなかった。しかも、屋敷自体がどれもすぐ近くにあって、移動時間も十分くらいで行ける所ばかりだったのだ。
とはいえ、ずっと緊張しっぱなしで、心は全く余裕がなかった。だが、あいさつ廻りもあと一家を残すのみとなり、馬車の中で空を赤く染めた夕焼けを眺めたとき、ようやく俺は一息つくことができた。
「いや、やっと最後だね」
「……そうね」
「ヴァッシュのお蔭で助かったよ」
「……私は、何もしていないわ」
「そんなことはない。俺が聞きたいと思っていたことや言いたいことは、全部ヴァッシュが言ってくれた。本当に助かったよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「ふぅ~ん」
「残すところあと一つだ。ここもサクッと終わらせて、早く部屋に帰って休もう。ずっと緊張のしっぱなしで、疲れちゃったよ。なあ、ワオンも疲れただろう?」
「きゅ~」
俺の言葉に、ワオンがコクコクと頷いている。慣れない土地にきて、さらに、常に好奇の視線に晒されているのだ。俺なんかよりはるかに疲れているだろう……。そんなことを考えていると、ヴァッシュは小さなため息をついた。
「本当に、大丈夫なの?」
「大丈夫って、何が?」
「これからのことよ」
「これからのこと?」
「次にお伺いする家は、四公爵家の筆頭であるシンセン様のお屋敷なのよ? 大丈夫なの?」
「だっ、だっ、だい……じょうぶ……だと、おもい、ます、よ」
「……大丈夫じゃなさそうね」
「いや、だって、今度行く家も、さっきと同じようにサクッと終わるんじゃないかと思っているのだけれど……」
「私は、そうは思わないわ」
「どうして?」
「どうしてって……。シンセン様は仔竜を飼っていらっしゃるのでしょ? きっと、ワオンのことで色々と聞かれるんじゃないかしら?」
「ええっ!? 仔竜?」
「まさか……知らないの?」
「えっ⁉ あっ、いや……その……。とても忙しい方と聞いているし、本人が出てくるわけはないと思っていた、ん、だけれ、ど……」
「ご本人がおいでになるに決まっているじゃない」
「ああ、やっぱり、そうか……」
ヴァッシュは腕組みをしながら、再び小さなため息をついた。咄嗟に嘘を言ったが、バレていないようだ。何だか胃が痛くなってきた。
「正念場ね」
「ああ……うん」
「このリリレイス王国軍を統括するシンセン公爵様……。この王国の中では仔竜を飼っている数少ないお方……。このお方の印象を損なえば、色々と不利益を被るわ。だから、何としても……」
「軍人、なんだね」
「何を言っているの?」
「いや、軍人だから、今までの貴族とは違った対応をしなければならない……そう言おうと思っていたんだよ」
ヴァッシュが胡散臭そうな表情をしている。ここは何とかして取り繕わなければならない。
「いっ、いや、俺もお目にかかったことはないんだ。もしかしたら、子供の頃にお目にかかったかもしれないけれど、あまりよく知らないんだ。噂は聞いたことがあるけれど、それが本当かどうか……」
これまでのクレイリーファラーズの情報を総動員して、必死で喋る。確か、本物のノスヤ君は、実家でずっと冷や飯を食っていた。それに、あまり人と積極的に交流する人ではなかったと聞いた。で、あれば、そんな偉い人に頻繁に会っているとは思えない……。くそっ、クレイリーファラーズから、もう少し、ノスヤ君のことや貴族のことについて聞いておくべきだった……。「さあ~知らないですね」と言われる可能性は極めて高いけれど。
そんなことを考えている俺に、ヴァッシュはまた、ため息をついた。
「まあ、それもそうね。ただ、シンセン様はとても冷徹な御方と聞いているわ。ご機嫌を損ねないようにしないと、いけないわね……」
そのとき、馬車が停まった。どうやら、シンセンの屋敷に、着いたようだ……。




