第二百四十二話 連続イベント?
正直、ちょっとイラッとした。早く来いよ。この絶妙なタイミングで登場するということは、俺たちが戸惑っている様子を見ていた可能性が高い。相変わらず、イヤな男だ。
俺のそんな気持ちなど知ったことではないと言わんばかりに、シーズは呆れたような笑みを浮かべながら、俺たちの許に歩いてくる。ニタクの表情が強張っている。
「お元気そうですね、兄上」
シーズの余裕たっぷりの言葉に、ニタクは無言のままただ、睨みつけている。そんな彼をまるで、見下すようにシーズはさらに言葉を続ける。
「相変わらずですね。聞けば、ラッツ村の運営に関わりたいと仰せでしたね。お気持ちは大変ありがたいのですが、その必要はありません。すでに、あの村は宰相、メゾ・クレール様の管理下にあります」
「……何?」
「まさか、それを知らぬ兄上ではないでしょう? まあ、領主たるノスヤが兄上に助けを求めたならば、その限りではありませんが、そもそもノスヤは兄上に助けなど求めておりません。兄上の助けを借りなくとも、あの村は十分上手くいっております」
「お前は何もわかっておらぬ。ノスヤだ。ラッツ村を治めているのはノスヤなのだ。あのノスヤが上手く治められるわけはないのだ。兄上お助け下さいと、言いに来るノスヤではない。きっとノスヤは困っておる。だからこそ、この私が関わろうと申しているのだ」
「別にノスヤは困っておりません」
「お前に聞いているわけではない。それは後日、ノスヤと直接話す。引っ込んでいろ」
「控えていただきましょう」
「何? シーズ、お前、誰に向かってモノを言っているのだ……」
「兄上は、ラッツ村に何度足をお運びになりました?」
「……」
「一度も足を運んではおらぬでしょう。いや、ラッツ村には行かない方がいい」
「どういう意味だ」
「兄上の予想を超える繁栄ぶりだからです。あれはもう、村ではない」
シーズはチラリと俺を見て、フフフと笑う。
「このユーティン子爵家の当主は私だ。ラッツ村はユーティン子爵家の領地だ。ノスヤをその領主に命じたのは私だ。そのノスヤを……」
「別家したではありませんか」
「クッ……」
ニタクは顔を歪ませる。そんな彼を見て、シーズは薄く笑う。
「別家して、このユーティン子爵家とはかかわりあいがないようにしておいて、今になってしゃしゃり出てくるのは、いかがなものでしょう」
「いや、かかわりあいがないようにしたわけではない。私は、ノスヤのためを思って、ラッツ村にやったのだ」
「その割には、何の手助けもしていませんが」
「それは、ノスヤのためを思って、敢えて静観したのだ」
「ゲーアたちがノスヤを襲って逃亡したのにもかかわらず、静観するのはいかがなものでしょう。下手をすれば、ノスヤは死んでいたのですよ?」
「私は、ノスヤを信じていた。この者であれば、苦境を乗り切るだろうと思っていた。見ろ、私の睨んだ通り、ノスヤはこうして、大きな成果をあげたではないか!」
「ノスヤを信じていたならば、なにもラッツ村などという辺鄙な田舎に送るよりも、この王都でいくらでも可能性はあったでしょう」
「ええい! うるさい! お前とは話にならん!」
ニタクは、まるでハエを追い払うように右手を振り、そのまま俺たちに背を向けて、ドアに向かって歩き出した。その彼の背中越しに、シーズは言葉を投げかける。
「ラッツ村は今後、王室の直轄地となります」
「なっ、何ぃ?」
「従って、兄上がノスヤとどんな相談をされようと、無駄なことです。今日はそれを申し上げに来たのです」
「そ……そのような話、このユーティン子爵家の当主たる私に、何の相談もなかったぞ!」
「所領に関しては、国王陛下がご裁断になります。領地の増減を決めるのに、いちいち当主に相談をすることなど、あるはずはないでしょう」
「なっ……ナカーシ侯爵様に相談を……」
「すでに、ご裁可は下っております」
「汚いぞ!」
ニタクは目を吊り上げて怒りをあらわしながら、シーズを指さす。
「あの村にうまみがあるとわかって、お前と宰相、メゾ・クレールが結託してラッツ村を食い物にしようという腹なのだろう! どこまで汚いのだ、お前たちは!」
「ラッツ村を食い物にしようとしているのは、兄上も同じでは?」
「……」
ニタクは顔を真っ赤にしながら、部屋を出ていってしまった。
「……ちょっと、今の話、どういうことよ?」
ヴァッシュが思わず口を開いた。そんな彼女をシーズは、相変わらず冷たい笑みを投げかけている。
「聞いた通りだ。ラッツ村は今後、国王陛下の直轄領となる」
「直轄領って……。私たちはどうなるのよ」
「その件については、心配いらない。ノスヤたちのことに関しては、私と宰相様で上手く運ぶ。楽しみにしているといい」
「楽しみって……」
「さあ、このようなところで油を売っている場合ではない。宰相様の許に挨拶に伺おう」
あまりのことに絶句する俺たちを、シーズは満足そうに眺めている。彼はゆっくりと俺に近づいて来ると、ふと、クレイリーファラーズに視線を向けた。
「ノスヤ」
「……はっ、はい」
「先ほども言おうと思ったのだが、奴隷をあのようなところに座らせるな」
「え?」
「あそこは、客が座る場所だ。奴隷などは、部屋に隅に立たせておけ」
「……チッ」
クレイリーファラーズが舌打ちをしている。おいおい、まだこれから、イベントが起こるのか? ちょっと、勘弁してくれよ……。




