第二百三十八話 呼ばれた理由
ヴァッシュがスッと体を前に傾けた。どうやら、かなり重要な話になるようだ。俺も背筋を伸ばして、シーズの声に耳を傾ける。
「舞踏会は一週間後に開かれる。参加者は、宰相、メゾ・クレール様を筆頭に、主だった貴族全てが参加することになっている。つまりは、四公爵家も参加されるということだ」
「四公爵家……!?」
一体何のことだかわからず、向かいに座っているクレイリーファラーズに視線を向ける。だが、彼女はキョロキョロと部屋を観察していて、俺の視線には気づかない。一体、お前は何をしにきたんだ。
「……オホン」
ヴァッシュが咳払いをしている。シーズの話に集中しろと言っているのだろう。
「つまりは、それほど盛大な舞踏会になるということだ。私が言いたいことは、わかるな?」
わかるな、と言われても、わからない。一体、何が起ころうとしているんだ?
キョトンとする俺に、シーズは大きなため息をつく。そして、ヤレヤレといった表情でさらに言葉を続ける。
「お前はもう少し、自分に誇りを持つといい。お前の功績は、宰相様以下、四公爵家が列席する舞踏会を開催するのに、十分なものなのだ」
「ああ……はい……」
「話を続けよう。つまりは、それだけの格式を持った舞踏会となるのだ。言うまでもないことだが、準備を怠らないようにしろ」
「……はい。一応、衣装は持ってきましたけれど、もし、舞踏会にふさわしくないのであれば、この王都で新調したいと思います。ただ、一週間で間に合うかですね。あ、ダンスの練習はしてきました。ただ、知らない曲で踊れと言われると無理ですが、どんなものでしょう?」
俺の言葉に、シーズは目を丸くして驚いている。お前は一体、何を言っているのだという表情だ。思わず、クレイリーファラーズに視線を向ける。……あ、目が合った。だが、彼女はキョトンとした表情を浮かべている。
「彼は……主人は、思っていたよりも格式の高い舞踏会に参加すると聞いて、少し動転しているのです。シーズ様の言われることは、よくわかります。今回の舞踏会は、インダークに勝利したということを、内外に知らせる役割も持っている……。そう言うことですね?」
ヴァッシュが俺を気遣いながら口を開いている。クレイリーファラーズには、こんな感じのフォローを期待していたのだけれど、期待するだけ無駄だった。思わず俺は顔を伏せる。
シーズはじっとヴァッシュに視線を向けていたが、やがて落ち着いた声で口を開いた。
「否定はしない」
「わざわざ招待状に私の名前を載せたのは、インダークのコンスタン将軍の娘を捕らえたことを、リリレイス王国で披露するから……ですわね?」
「……」
「まさか、ヴァッシュを見世物にするために、俺たちを呼んだのですか!?」
「いや、今回の舞踏会は、あくまでノスヤ、お前の功績をたたえるためのものだ。ヴァシュロン殿の名を招待状に敢えて記したのは、コンスタン将軍閣下の一族ということで、敬意を表したのだ」
シーズはニコリと笑みを浮かべながら、俺たちに語りかけた。だが、一瞬、真面目な表情になったかと思うと、少し声を落として、さらに言葉を続けた。
「ただし、出席する者たちの中には、ヴァシュロン殿を見物に来る者もいるだろう。そして、ご指摘の通り、ヴァシュロン殿を戦利品として我が王国にもらい受けたのだと解釈する者もいるだろう。貴族とは、起こり得たことを己が都合のよいように解釈する生き物だからね」
そう言って彼は自虐的な笑みを浮かべた。
「とはいえ、この舞踏会の主賓は、ノスヤ、お前だ。お前の振る舞い方いかんで、他の貴族たちから後ろ指をさされることにもなりかねない。わかるな? それだけに、入念に準備をするのだ。特に、ニタクの兄には細心の注意を払った方がいい」
「ニタク……?」
再びクレイリーファラーズに視線を向ける。彼女は、何だ、お前? といった表情で俺を眺めていたが、やがて、意を察したと見えて、俺の頭の中に語りかけてきた。
『ニタク・ヒーム・ユーティン。ユーティン子爵家の当主です。あなたの、お兄さんに当たります』
「兄さん!?」
思わず声が出てしまった。シーズが驚いている。いかんいかん。
『あなたとは、十歳ほど年が離れているでしょうか。表向きは大人しく振舞っていますが、家来や身分の低いものには横柄な態度を取るような人です。そんな人ですから、あまり、貴族社会では、相手にされていない人ですね』
……それって、クズってことじゃないか。まさか、本家の当主が、そんな奴だったなんて、知らなかった。
「まあ、あの兄のことだ。ノスヤ、お前にどんな無理難題を吹っかけて来るのかわからない。兄の言うことを何でも聞いていては、お前は利用されるだけ利用されることになる。そうはならないように、兄の言うことに、何でもハイハイと返事をしない方がいい」
シーズが何とも言えない表情を浮かべながら話をしている。どうやら、この人も、ニタクという人が嫌いなようだ。
「まあ、本家には……ニタクの兄のところには、私も一緒に行くとしよう。宰相様よりも先に、挨拶に行った方がいい」
「そのことですが」
突然、ヴァッシュが口を開く。彼女は、ずいっと体を前に出すと、シーズの顔を覗き込むようにして、言葉を続けた。
「舞踏会の当日までに、ご挨拶に行くべきお方について、ご教示願いたいのですが……」
「もちろん、そのつもりだ。そのために、ノスヤ、お前たちを私の屋敷に呼んだのだ」
何だよそれ、早く言ってくれよ……。




