第二百三十七話 打ち合わせ
ようやく馬車が停まった。どうやら、着いたようだ。ここはシーズの屋敷だ。
てっきり俺は、迎賓館に案内されるものだと思っていた。ヴァッシュ曰く、舞踏会の参加者は、大抵、迎賓館のような宿泊施設に案内されると言っていたからだ。だが、王都に入るとき、招待状を兵士に見せると、まず、シーズの屋敷に向かうよう指示された。何か嫌な予感がしたが、イヤも応もない。馬車はシーズの屋敷に向けて走りだした。
一体、何度兵士が警備するゲートを通ったことだろう。馬車は止まっては走り、止まっては走りを繰り返していたので、少し気分が悪くなってしまった。途中から口数が少なくなってしまったが、そんな俺を向かいに座るヴァッシュは心配する様子も見せずに、ただじっと、外の景色を眺め続けていた。俺としては、これはこれで助かった。色々話しかけてもらって気を紛らわせるのも一つの方法だが、きっと、それをされていれば、馬車の中が地獄絵図になっていただろう。
「お待ちしておりました。どうぞ」
馬車の扉が静かに開けられると、目の前には赤いじゅうたんが見えた。どうやらここは、馬車の車寄せのようだ。馬車から降りると、まるで門のような巨大な扉が開け放たれていて、そこには、メイド服を着た女性と、執事服を着た男性が居並んでいた。まるで、映画のワンシーンのような光景だ。
「「「いらっしゃいませ」」」
まるで人形のように、一糸乱れぬ動きで全員が頭を下げる。あまりの見事さに絶句してしまい、しばらくそこから動けなかったほどだ。
「どうぞ、ご案内いたします。中でシーズ様がお待ちです」
馬車の扉を開けた初老の男性が、毅然とした態度で屋敷の中に入るよう促す。それと同時に、ヴァッシュがスッと腕を組んできた。思わず彼女に視線を向ける。
「何見ているのよ。行くわよ」
「あっ……ああ」
その様子を、ハウオウルやパルテックが朗らかな笑みを浮かべながら眺めていた。クレイリーファラーズは……全く興味がないようだ。抱っこしているワオンだけが、キョロキョロと周囲を見廻している。
まるで、ヴァッシュに引っ張られるようにして、俺は屋敷に入った。
長い廊下を何度も曲がる。すでに俺は、自力でこの屋敷を出ることをあきらめていた。まるで迷路のようなこの屋敷の作りは、戸惑いを通り越して、見事だとまで思い始めていたくらいだ。
誰も言葉を発する者がいない。割かし長い時間歩いているが、皆、無言のままだ。
突然、ひときわ大きな扉の前に出た。案内をしてくれた男性が、コンコンとノックをして、扉を開ける。
「……やあ、ノスヤ。久しぶりだね」
執務室だろうか。大きな机に座っているシーズの姿が見えた。そのまえには、豪華なソファーが置かれ、応接室のようになっている。彼は立ち上がると、俺たちにソファーに座るように促した。
……ものすごいクッションのきいたソファーだった。あまりにも体が沈み込んだので、思わず声が漏れるところだった。
「……これ、ヤベェ。パンツ見えちゃうよ」
クレイリーファラーズが小さな声で呟いている。勢いよく座ったはいいが、クッションが効きすぎて、ゴロンと体が天井を向いている。そのお陰で足も放り出されたようになっているが、パンツが見えるわけはない。長いスカートをはいているのだから。
と、いうより、いきなり背もたれに背中をつけようとするかね? 他の人たちを見て見ろよ。背もたれに背中つけている人は……。あ、ハウオウルがいた。なんでそんなに寛いでいるんだ?
ソファーの配置は、長椅子が二脚向かい合って置かれていて、その間に、一人掛けのソファーが、これも向かい合うように置かれている。その一人掛けのソファーにシーズが座り、俺とヴァッシュは、彼に向かって左側に座った。向かいにはクレイリーファラーズとパルテック、そして、シーズの向かいにある一人掛けのソファーにハウオウルが座っている。ちなみに、ワオンは俺の膝の上だ。
「いやあ、よく来たね」
シーズは、笑みを浮かべながら話しかけてきた。ちなみに、いつものように、目は全く笑っていない。
「この度は、お招きをいただきまして恐縮でございます」
ヴァッシュが丁寧にお辞儀をする。俺もつられて頭を下げる。
「いや、ノスヤは国を救った英雄だからね」
「英雄だなんて、そんな……」
「謙遜することはない。インダーク帝国との戦争を回避したのだ。それに、不作時の農作物の供出……。ノスヤの働きにはもっと早く報いるべきだったのだ。お前を舞踏会に招待したが、むしろ遅きに失したとさえ思うよ」
そう言ってシーズは笑みを漏らす。
「……舞踏会の主役が俺って聞いたけれど、もしかして、俺をもてなそうとしているの?」
小さな声でヴァッシュに聞いてみるが、彼女は何とも言えない表情を浮かべている。こんな場で、そんなことを聞くな、そう思っているのだろうか。
「私や、宰相、メゾ・クレール様はそのつもりだ。だが、他に招待されている者たちは必ずしもそうとは限らない。当然、お前の粗探しをしようとする者もいれば、お前に取り入ろうとする者もいる。お前もわかっているとは思うが、絶対に気を抜くな」
気が付けば、シーズの顔から笑みが消えていた。なんか、怖い……。
「ノスヤ、お前に我が屋敷に来てもらったのは、他でもない。舞踏会のことだ」
シーズの言葉に、ヴァッシュの気配が変わった。




