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第二百三十六話 王都

出発の準備は、ほんのわずかな時間で整った。


ヴァッシュの拵えに時間がかかると思っていたが、意外に着替えはすぐに済んでしまった。化粧もするかと思っていたが、それもしない。もともと化粧っ化のない人だが、さすがに王都に入るときは、気合を入れたおめかしするのではないかと思っていたのだが……。


「ずいぶん早いんだね」


思わず声を上げた俺に、ヴァッシュは澄ました表情をしている。


「別に着飾る必要はないわ。シーズ様のお屋敷に向かうのでしょ? あくまで私たちは内々に招かれているのだから、着飾っていくのは、あまりよくないわ」


「そんなものかな」


「小ぎれいな格好をしていれば十分よ。派手に着飾ると下品になるわ」


「……すごいな、君は。俺はそんなこと、気づきもしなかったし、知りもしなかったよ」


「……」


「ヴァッシュと結婚して、本当によかった」


可愛らしい少女の顔が、ポッと赤くなった。


◆ ◆ ◆


「おお、待たせたの」


にこやかに挨拶をしてくるのは、ハウオウルだ。すでに馬車の準備も整って、あとは出発を待つばかりになっていた。ヴァッシュとワオンは先に馬車に乗り込んでいる。


ハウオウルに続いて、パルテックが現れる。彼女もいつもとは少し違う衣装だ。胸に高価そうなブローチを付けている。


「さあ、参りましょうか」


いつもとは違う言葉を使いながら、最後に現れたクレイリーファラーズを見て、俺は絶句してしまった。そこには、別人が立っていた。


「誰?」


「誰って、何ですか。下らないことを言っていないで、出発しましょう」


「……今すぐその化粧を落としてこい」


「ハア? 何を言っているのです。このメイクするのに、どれだけ時間をかけたと思っているのです!」


「メイクをするなとは言いませんが、何もそんなに白く塗ることはないでしょう。いつから歌舞伎役者になったのです?」


「失礼な! そんな厚化粧はしていません。地肌です。もともと肌が白いだけなのです」


「そんなわけないでしょ。それに、何です、その服装は?」


……何と形容すればいいのだろうか。クレイリーファラーズが、お嬢様のようなドレスを纏っているのだ。一方のヴァッシュは、ワンピースのような、どちらかと言えば地味な格好をしている。一見すると、この天巫女の方が偉く見えそうだ。


そんな俺には目もくれず、クレイリーファラーズはさっさと馬車に乗り込んでしまった。その服は一体どこで買ってきたのだろう。油断がならない。


「さあ、出発しましょう」


馬車の中からヴァッシュの声が聞こえる。その声に促されるように俺は馬車に乗り込んだ。


◆ ◆ ◆


「うわ~なんじゃこりゃ」


思わず声をあげてしまった。王都が思った以上の繁栄ぶりだったからだ。


馬車で走ること約一時間。俺たちは王都に到着した。到着の三十分くらい前から、草原の中にまるで万里の長城かと思われる程の高く、長い城壁が現れた。これだけ見ても、この国の都の巨大さがわかるというものだ。


その城壁がどんどん近づいてくる。それに伴って、周囲には人や馬車の数が増えていった。王都に向かう者、王都から出る者でごった返している。その中を縫うように馬車は進んでいった。


突然馬車が停まったかと思うと、鎧兜を装備した兵士が数名、近づいてきた。ヴァッシュに促される形で、舞踏会の招待状を彼らに見せる。すると、まるで人形のように固まり、カクンと体を倒すようにお辞儀をすると、すぐさま引き返していった。


しばらくすると、騎兵が数名こちらにやってきて、馭者に何やら指示を出していたかと思うと、くるりと踵を返して、あらぬ方向に駆けていく。馬車はその後ろを付いて走っていく。


一瞬、周囲が真っ暗になったかと思うと、目の前の光景が一変した。立ち並ぶ美しい街並みと、行きかう人々……。まるで、映画のワンシーンのような景色だ。


「噂以上ね……」


ヴァッシュが誰に言うともなく呟く。


「王都には来たことは……」


「あるわけないわ。私は、インダークの人間よ」


「確かに、そうだよね」


「色々な人から話には聞いていたけれど……。ここまで栄えているのね……」


ヴァッシュが呆然と窓の外に視線を向けている。彼女がこんな姿を見せるのは珍しい。こんなときは、何も言わないでおいた方がいいのかもしれない。そう思った俺は、彼女とは反対側の窓に視線を向ける。


同じような建物が整然と並んでいる。行きかう人々もそれなりの服装をしていて、何となく豊かさを感じる雰囲気だ。


……どのくらいの時間走り続けただろうか。結構長く走っているように感じる。まだ着かないのかなと思っていたそのとき、馬車がピタリと止まった。


窓の外を見てみるが、石壁しか見えない。


「いよいよ、貴族が住む区域に入るのね」


誰に言うともなくヴァッシュが呟く。え、どういうことだと思わず彼女に視線を向ける。


「知っているわよ、そのくらい。リリレイス王国の王都は、王が住む城の周囲を貴族たちの邸宅と軍の施設が固めていて、その周囲に王都の人々が住んでいるって聞いたわ。でも、まさか王都がこんなに巨大だとは思わなかったわ。この調子じゃ、シーズ様のお屋敷に到着するまで、あのどのくらいの時間がかかるのかしら」


え? まだ、着かないのか?


俺は思わず心の中で唸っていた。

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