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第二十三話 巣立ち

朝起きると、ハンモックにいるはずの人がいない。ダイニングには人の気配が全くしないのだ。言うまでもなく、クレイリーファラーズが屋敷を出ていったのだ。


別にケンカをしたわけじゃない。互いが嫌いになったわけでもない。この野郎シバいたろうかと思うことも、たまに、そう、一週間に50回ほどあるくらいだが、俺が我慢しているお蔭で、概ね二人の関係は良好であると信じている。


実は彼女は、夜が明ける前から、外出しているのだ。


いつもは朝が弱いだの、疲れが取れないだのとグズグズ言ってなかなか起きてこない彼女だが、ここ最近は俺の知らない間に起きて、出かけるようになっていた。そりゃ最初はビックリした。毎朝あるべきはずの光景がそこにないのだ。誰かに攫われたのかと思った程だ。


屋敷の外に出てみると、彼女の姿はすぐに見つけることができた。ラーム鳥の巣がある木の下で、ずっとその巣を見続けていたのだ。


「どうしたんです?」


「シッ、静かに!」


よく見ると、雛の一羽が翼を広げている。これは巣立ちをしようとしているらしい。


「ラーム鳥の巣立ちなど、滅多に見られないんですよ!」


いかにもうれしそうに、体をユサユサとゆすりながら彼女は巣を見上げる。だが、このときは何度か飛ぼうとしていたが、結局勇気が出なかったのか、その雛が飛び立つことはなかった。


そして次の日、朝起きてみると、何とクレイリーファラーズがテーブルに腰かけたまま、泣いていた。あの、強烈毒舌天巫女が、美しい? 涙を流していたのだ。一体どうしたのかと聞いてみると、彼女は涙を拭いながら、ゆっくりと口を開いた。


「ひっ……雛が……ラーム鳥の雛が……」


「どうしたんです?」


「パタパタと羽を羽ばたかせていて……意を決したのでしょうね。巣から飛び出したのです」


「おお! 巣立ちしたのですね!」


「その直後に、地面に真っ逆さま……」


「え!?」


「になる直前に、何とか持ち直して、空に羽ばたいたのです」


「よ……よかったじゃないですか」


「それに影響されたのでしょうね。二羽目の雛が……羽をパタパタと羽ばたかせまして……」


「二羽目も巣立ったんですか?」


「いえ、巣から落ちたのです」


「え!? ヤバイじゃないですか!」


「運よく木の上に落ちたのですが……」


「巣には……戻れない?」


「巣に戻りたかったのでしょうね……。必死で……必死で羽を羽ばたかせていましたが……結局……」


「まさか……」


「巣立ちしました」


「……アンタ、いい加減にしろよ?」


「何を怒っているのですか! ラーム鳥の巣立ちが見られたのですよ! それも生で、ライブですよライブ? 何故感動しないのですか! あ、見ていないのに感動も何もありませんよね。いや、残念ですね、残念です。惜しかったです。あれが見られないなんて……はぁ~お気の毒だわ」


「あ、ごめん、それほどでもないですよ」


「……大丈夫です。あと一羽、巣立ちます。チャンスはあります!」


「いえ、あまり興味はありませんので」


「そんなに無理することないですよ?」


「いえ、結構です。お構いなく」


「……天巫女ちゃんと早朝から二人っきりで雛の巣立ちを見る、ロマンチックじゃないですか~。夢があるじゃないですか~。どうです? あれ? どうしました? 興奮しません? いいじゃないですか、明日から、お弁当持参で見に行きませんか? ……ええと、鳥ということで、取りあえず、朝食を作りませんか? お腹がすいちゃって。朝食を食べて、お腹いっぱいになったら、きっと見たくなりますよ~」


「マ、ジ、で、いい加減にしろよ?」


どうやら、朝早く起きたせいで、ここ数日はずっと空腹との戦いがあったらしい。彼女としてはあと一羽の巣立ちを見届けて、どうしてもこのミッションをコンプリートしたいという欲望が抑えきれないようなのだ。そこで、俺を巻き込んで、朝から弁当持参でバードウオッチングとしゃれこもうという魂胆なのだ。俺の身にもなって欲しい。


ただ、彼女から言わせれば、ラーム鳥があそこまで無防備に自分たちの巣に人間たちを近づけるのは珍しいのだという。この鳥は細心の注意を払って巣を作るために、基本的に巣が襲われることはほとんどない。逆に、前回のようにグレートヒルツなどに見つかると、ほぼ確実に捕食されてしまうのだという。そういった意味で、このラーム鳥は比較的若い夫婦のようで、ある意味奇跡的に生き延びていると言えるらしい。そういうこともあってこの夫婦は、俺たちに襲われるのを覚悟で雛たちを育てているようだ。


そんな鳥の巣立ちというレア中のレアのイベントをコンプリートしたいと思う気持ちはわからなくはない。だが、俺としてはそこまでしてみたいとも思わない。結局、やるなら勝手にやれということで、クレイリーファラーズはその日以降、毎朝せっせとラーム鳥の巣に日参するようになった。


だが、三羽目の雛は発育が遅れているためか、それから二週間経っても、一向に飛び立とうとしなかった。親鳥と先に巣立った二羽の雛鳥が巣の周りを飛びながら巣立ちを促しているが、それでもなかなか飛び立とうとしない。


「……あのままだと、あの雛は死んでしまうかもしれないですね」


俺が持っていった朝食を、ズルズルと音を立てながらクレイリーファラーズは呟く。てゆうか、音立ててメシを食うんじゃねぇよ。


「もう、親鳥も限界でしょう。下手をするとあのまま雛は見捨てられて……そのまま餓死するか、他の鳥の餌に……」


「ま、なるようにしかならないでしょ」


その言葉が気に障ったのか、彼女はクルリと俺に向き直り、怒りに満ちた顔で口を開いた。


「あなたねぇ!」


「あっ、飛んだ!」


突然のことだった。巣にいたラーム鳥の雛がパタパタと羽を動かしたかと思うと、いきなり飛び上がったのだ。ゆらゆらと、たどたどしく飛んで行って、近くの木の枝にとまる。また、パタパタと飛び、近くの木の枝にとまる。しばらくするとその雛は、俺の肩の上に下りてきた。


「クルル、クルルル」


「……あっ、そうか。お前、俺が助けてやったヤツか? お前だろう? よかったな、飛ぶことができて! おめでとう!」


「クルルルル~」


ラーム鳥は嬉しそうに鳴くと、パタパタと上空に舞い上がり、そのまま森の奥に消えていった。


「何か、最後にいいもの見たな。いや、よかった。よかったよかった」


喜ぶ俺。だがその背後で、突然ドスの効いた声が聞こえてくる。


「何がよかったのかしら? 私はあなたのくだらない一言のお陰で、巣立ちを見逃したじゃないですか……。しかも、ラーム鳥が肩に止まるって……なに? 毎日見守っていたのに……私じゃなくて、何の興味もない人の所に行くなんて……どういうこと!?」


「い……いや、そう言われても……」


「もういいです! 帰ります!」


彼女は全身に怒りと無念さをない交ぜにしたような雰囲気を醸し出しながら、屋敷に戻っていった。


クレイリーファラーズは、この日から三日間、俺とは口をきいてくれなかった。

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