第二百三十話 アヘ顔ダブルピース
ふと、目が覚めると、隣に寝ていたはずのヴァッシュの姿はなかった。もう起きたのか、と思いながら顔を上げる。目の前には、一糸まとわぬ裸で、背中を向けて立っている彼女の姿があった。小さなお尻が丸見えで、かわいらしい。
フワッと白い布のようなものが彼女の頭上で広がったかと思うと、ヴァッシュはその中に隠れてしまった。直後に、スポンと頭だけが飛び出してくる。どうやら貫頭衣のような服のようだ。
スッと振り返ったヴァッシュと目が合う。
「起こしてしまったかしら」
「いや、大丈夫だよ」
「そう。でももう、朝よ。起きなきゃダメよ」
そう言って彼女は俺に近づいて来て、頬にキスをしてくれた。すぐに体を離したかと思うと、コクリと頷いて、スタスタと部屋を出ていこうとする。
「ヴァッシュ」
「何?」
「その……下着は、付けないのか?」
「付けるわよ。でもその前に、湯浴みをするのよ」
「じゃあ……」
「お湯で体を拭くだけだから、すぐに終わるわ。着替えていてちょうだい」
そう言って彼女は部屋を出ていった。
ヴァッシュは、それから五分もたたないうちに戻ってきた。本当に、体を拭いただけのようだ。俺も顔を洗いに風呂場に行く。そこにはすでにポットに湯が準備されていた。それを使って顔を洗い、体を拭いて、最後にクリーンの魔法をかける。
「にゅ~にゅにゅにゅ~」
風呂場を出ると同時に、ワオンがヴァッシュに抱っこされながら寝室を出てきた。まだ眠そうで、目がトロンとしている。そんな様子を見ながら俺は、キッチンに向かう。野菜とベーコンのような燻製肉を刻んで、いつものスープを作る。火魔法でカマドの炭に火をつけて鍋をかける。それと同時に、フライパンをかけて温める。
「相変わらず、すごい手際の良さね」
ヴァッシュが呆れた表情で俺が料理する様子を眺めている。そうかな、と言いながら、ちゃっちゃと肉を焼く。
朝から肉というのどうよ、と思うかもしれないが、今日は旅立ちの朝なのだ。一つ、気合を入れようと肉を食べることにした。特にヴァッシュも何も言わないので、このまま料理することにする。
肉を焼き、パンを炭火にかけて少し焦げ目をつけ、さらに、ワオン用のオムレツを作る。そのためにわざわざ卵焼き専用のフライパンまで購入したのだ。ヴァッシュの腕の中で、ワオンの眼が爛々と輝いていく。
「さあ、できたぞ」
作った料理をテーブルに並べていく。
「ちょっと、多すぎない?」
「いや、大丈夫だ。先に俺たちで食べてしまおう」
「……」
二人で黙々と朝食を摂る。相変わらずヴァッシュの食べ方は洗練されていて、立ち居振る舞いが上品だ。少し大人びた美少女……と形容するのが正しいか。そんな彼女が夜は俺の胸の中で、必死で声を殺しているのだ。何だか、思わず笑みがこぼれてしまう。
「ずいぶんと嬉しそうね」
「あっ、いや、何でもないよ」
「ふぅ~ん」
イジワルそうな目で俺を眺めているヴァッシュ。この光景を何とか絵に残せないものだろうか。そんなことを考えていると、玄関の扉がノックされる。ヴァッシュが立ち上がろうとするが、俺はそれを手で制する。
しばらくすると、クレイリーファラーズがダイニングに入ってきた。あくびをしながら入ってくるとは、モノが違うといったところか。
「おはようございます」
そう言いながら、勧められてもいないのに椅子に腰を掛ける。まあ、元々彼女も住んでいた屋敷なので、気を遣う必要もないのだろうが、一応新婚夫婦の屋敷なのだ、少しくらい遠慮してもいいだろうと思うのは、間違っているだろうか。
「……私のお皿は?」
ヴァッシュが上目遣いにクレイリーファラーズを眺めている。そんな彼女に目もくれず、クレイリーファラーズはスタスタとキッチンに向かい、皿を取ってきた。しかも、大きな皿だ。
「もう、俺たちは食事は終わったので、全部食べてもいいですよ」
「早く言ってください。持ってきたお皿が無駄になるじゃないですか。あ、せっかくですから、おイモを作りませんか? このお皿にいっぱいの甘いおイモを、どうですか?」
「……どうも何も、食べ終わってから言ったほうがいいな。割かし量があるぞ? イモまでたどり着けるか?」
「まあ、このくらいの量であれば、本気を出すまでもないですが……」
「馬車で移動するんだから、腹八分目にしておくのがいいと思いますよ」
「ふぅ~ん」
面倒臭そうにクレイリーファラーズは席に着き、料理を口に運ぶ。それと同時に、ヴァッシュが食べ終わった皿をまとめていく。
「そのお皿、使わないんだったら、こっちにもらうわ。クレイジーさん」
「あ?」
「そのお皿、もらうわね」
そう言ってヴァッシュは皿をもってキッチンに向かう。その後ろ姿をクレイリーファラーズは呆然とした様子で眺めている。
「……あの小娘、今、何て言いました?」
「小娘って失礼な。俺の妻です。愛する俺の妻、ヴァシュロンさんですから」
「クレイジーって言いましたよね?」
「さあ、どうだったでしょう?」
「何を吹き込んだのです? え? 怒らないから、言ってごらん?」
「いや、どうしてもクレイリーファラーズって覚えられなくてね。で、紆余曲折を経て、クレイジーに落ち着いたと。一応、神の僕という意味だと教えました」
クレイリーファラーズが無表情のまま、ゆっくりと俺に顔を向ける。
「ほう、そうきましたか。じゃあ、私もあの小娘に美しい言葉を教えなきゃいけませんね。例えば……アヘ顔ダブルピース? つつがなく暮らしていますって意味だって教えてあげましょうか。ええ、いつも、アヘ顔ダブルピースです、みたいな?」
俺は、軽い吐き気を催した……。




