第二百二十八話 一緒にいて
「ヴァ……ヴァッシュ!? な……な……な……」
驚きのあまり、声が出なかった。目の前のヴァッシュは、恥ずかしそうに両腕で胸を隠しながら、身をくねらせている。メチャメチャ可愛らしいし、エロさが半端ない。心臓の鼓動が速くなる。
「ど……どうし……えっ!?」
彼女はゆっくり近づいてきたかと思うと、スッと俺の胸に顔をうずめる。思わず彼女を抱きしめる。
「ヴァッシュ……」
「ねえ、あの人は、何者なの?」
「あっ……あの人?」
「ほら、あの……クレ……何とかさんって人。あなたの家庭教師よ」
「クレイリーファラーズか……」
「そう。何回聞いても覚えられないわ。その家庭教師さん、あの人は、本当にあなたの家庭教師?」
「なっ……なんで……」
「あの人も、神につながる人……?」
「ああ、ええと……」
「怖いの……」
「ヴァッシュ……」
「神様が……神様が現れたのよ。夢じゃない……。夢じゃないのよ。神は私が生きることを許されたわ。あなたと一緒にいることを許して下された……。それはいいの。でもね、あの家庭教師さんも、神様とお会いした時と同じ感覚を感じるの……。その……うまく言えないけれど、とても、とても不安になるのよ。お願い、ちゃんと教えて。あの人は……何者なの?」
……確か、ヴァッシュの目の前で、あの、ボーヤノヒとかいう天巫女と大喧嘩していたな。そのときの記憶が、かすかに残っているのか。そんなことを思いながら、俺はゆっくりと体を離す。
「あのクレイリーファラーズは、天巫女なんだ」
「天……巫女?」
「神のお傍にお仕えする女性のようだ」
「じゃあ、やっぱり!」
「あ、いや、そんな大したことじゃないんだ」
「大したことじゃない?」
「あの天巫女は、神の世界を追い出されたんだ」
「どういうこと?」
「う~ん、ちょっと、ある重大な失敗をしてね。神の怒りに触れたんだ」
「その天巫女が、どうしてあなたのところに?」
「まあ、その……たまたまというか、成り行き上そうなってしまったというか……」
「困っていた天巫女を助けた……ってこと?」
「助けたというより、押しかけられたというか……」
俺の言葉に、ヴァッシュはゆっくりと息を吐きだす。
「それで、ようやく納得がいったわ」
「え?」
「不思議に思っていたのよ。だって、家庭教師とはいえ、主家に仕える身でしょ? にもかかわらずあの、クレ……何とかさんっていう人は、遠慮というものが全く感じられないのよ。主人が呼んでもいないのにやって来るし、食事を食べさせろ……なんて言ってくるのは、聞いたことがないわ。最初は奴隷かなと思ったのだけれど、どうも、そんな風には見えなかったし、てっきりリリレイス王国では家庭教師の方が立場が上なのかしらと思っていたんだけれど……」
「ああ……君がそう思うのも、仕方がないよね」
「やっとこれで、納得がいったわ。天巫女……。神にお仕えする女性だったのね。だから、あなたに対してズケズケと遠慮なく振舞えるのね」
ヴァッシュの言っていることは概ね間違っていないが、アイツは俺を家来のように思っているのだろうか。だとしたら、ちょっと、人気のないところで二人でゆっくりと話をしなければならない。
「大丈夫、かな?」
「ええ、ありがとう。怖かったのよ。もしかして、あの家庭教師が神様だったらって思ったら、どうしていいのかわからなくなって……。一人でいたら、本当に怖くなってしまって……」
「だから、風呂に入ってきたのか」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。寧ろ、俺がお礼を言わなきゃいけないところだ」
「お礼?」
「その……君の、ヴァッシュのきれいな体が見られた」
「……バカ」
そう言って彼女は再び俺に抱き着いてきた。体が冷えてしまったのか、とても冷たかったために、思わず声が漏れそうになる。
「こうしていると、私の体は、見えないわ」
「でも、いつまでもこうしているわけにもいかないだろう」
「……」
「とりあえず、俺が先に出るよ。そうしないと寒いだろう? 風邪でも……」
「待って」
「え?」
「一人に……しないで。……まだ、怖いの」
「ヴァッシュ……」
彼女の細い肩が震えている。得体の知れないものに対する怯えと恥ずかしさで、いっぱいなのだろう。そんな彼女に俺は、努めて優しく話しかける。
「いつも、どうやって風呂に入っているんだい?」
「……盥にお湯を張って、その中に入りながら、体と頭を洗うのよ」
俺は彼女を抱きしめたまま、湯が入っているやかんを取りに向かう。かなり熱せられているので、やかんがヴァッシュに当たらないように注意しながら、ゆっくりと盥にお湯を張る。そして、ポットに入っている水を足していき、湯を温める。
「こんな感じでいいか?」
ヴァッシュは片足を盥に浸ける。少し熱かったのだろうか、体がピクンと震える。
「……いい感じだわ」
そう言うと彼女はゆっくり俺から体を離して、盥に入る。そして、スッとひざを折ってその中に腰を下ろした。
「……すまないけれど、あれを、取ってほしいの」
ぴたりと足を閉じ、両手で胸を隠しながら、少し顎を動かす。見ると、いつも彼女が風呂に持っていくバスケットがあった。それを取ってやり、彼女の近くに置いてやる。
「これは、何だい?」
「髪の毛を洗うのよ」
バスケットの中には、石鹸のような固形物があった。とてもいい香りがする。彼女から漂ってくるいい香りは、どうやらこれだったようだ。
「……ごめんなさい。寒いでしょ?」
「いや、いいよ。俺も……明るいところで、ヴァッシュのきれいな体を、もう少し見ていたい」
「……バカ」
みるみる彼女の顔に赤みが差してくる。その恥ずかしそうな表情は、とてもかわいらしかった。




