第二百二十七話 準備完了
結果的に、二台目の馬車は問題なく手に入った。馬も借りることができたし、馭者もギルドに頼んだところ、すぐさま人を紹介してもらえたのだ。
村長が持っていた馬車は、割と大きめなもので、内装もなかなか凝ったものだった。全体的に埃をかぶっていたが、それらをきれいにすると、特に大きな傷も汚れも見当たらなかった。念のため、館の近くに住む大工職人に見てもらったところ、特に大きな修理もいらないとのことだった。なぜ、こんな馬車を個人で所有していたのか疑問に思ったが、彼は年に数度、報告のために本家を訪れていたそうで、その度ごとに馬車を借りる手間を嫌って、自分専用の馬車を拵えたのだとレークが教えてくれた。
ヴァッシュ曰く、貴族でもない、一介の村長が馬車を所有するのはかなり珍しいらしい。彼女の実家であるインダーク帝国では、村長レベルで自分の馬車を所有している者は、数えるほどしかいないそうだ。村長の裕福ぶりがよくわかるというものだ。きっと、村人たちから搾り取った作物を金に換えてこの馬車を作ったのだろう。そんなものを俺が使うのは少し気が引けたが、一応はこの村が国から評価される場に招かれることに使われるのだ。まあ、使ってもいいだろうと無理やり思うことにした。
ともあれ、これで、すべての準備が整った。
さすがに夜に出発するのは止めにして、明日の早朝にすることにした。そのため夕食は王都行きのメンバーを集めて、壮行会の意味も込めた豪華なものにした。豪華と言っても、ちょっといい肉を出したくらいだったのだが、皆、美味しい美味しいと言って食べてくれた。ハウオウルやパルテックは老齢のため、ステーキのような肉はどうかと思ったが、二人ともペロリと平らげていた。これだけ健康なら、王都までの旅は大丈夫だろう。
……問題は、クレイリーファラーズだ。彼女は妙によそよそしい態度を終始取り続けていた。ハウオウルを連れて行くことがよっぽど気に障るらしい。イヤなら来なきゃいいと思うのだが、何を目的にそこまでして王都に行きたいと思うのかがわからない。
表向きは、彼女は俺の家庭教師という位置づけだ。だが、今回の王都訪問はユーティン子爵家の本家にも行くのだ。そのときはどうするのだろう? 間違いなく、アンタ、誰? となると思うのだが。そのことを聞いてみたのだが、無視されてしまった。天巫女としての能力でそこは何とかするのだろうか。
本家のことについても、不安はある。俺にとっても初対面の人たちになるのだ。誰が誰だかわからない。そこについては、記憶喪失とするつもりだが、果たしてどこまで通じるだろうか。クレイリーファラーズを連れて行く理由は、そこにあるのだが。
彼女は俺の頭に直接言葉を送ることができる。その能力で、目の前の人が誰であるのかを言ってもらえれば助かるのだが。そこら辺のことも聞きたかったが、相変わらずむくれているので、よくわからない。
ただ、元々のノスヤ君は無口で大人しい人物だったらしく、俺とよく似た性格だったようだ。きっと、本家の人間を目の前にするとかなり挙動不審になると思うのだが、その点は頑張ってごまかすしかない。まあ、王都に着くまで数日ある。クレイリーファラーズの機嫌のいいときに、その辺のことを打ち合わせするとしよう。
そんなことを考えていると、食事会は終わり、皆はそれぞれの住まいに帰っていった。ちなみに、クレイリーファラーズはいの一番に屋敷を後にしていった。イヤならマジで来なきゃいいのに。食事の時間になるときっちりやってくるのだ。その図太さは別の意味で尊敬する。俺にそのスキルがあれば、もう少し人生が豊かになったかもしれない。
後片付けを終えてダイニングに戻ると、ワオンが大きなあくびをして眠そうにしている。朝からバタバタとしていたので、緊張していたのかもしれないし、ちょうど満腹になったところでもあるので、一気に睡魔が襲ってきたのだろう。俺は彼女を抱っこして寝室に連れて行き、ベッドの上に置く。するとすぐに丸まって、そのままぐっすりと眠ってしまった。
「さあ、俺たちも寝ようか。明日は早い時間に出発しなきゃいけないからな」
後ろに控えているヴァッシュに声をかける。彼女はゆっくりと頷く。
「先に、お風呂にどうぞ」
「ああ」
勧められるままに風呂に入る。相変わらず、頭を洗って体を拭くという単調な入浴だ。風呂場には大きな盥があり、ヴァッシュはここで体を洗っているようだ。俺もそうするべきなのだろうが、クリーンの魔法できれいになるので、ついついそれを使ってしまう。
小さなカマドに火魔法で火を点ける。その上には大きなやかんのようなものが載っていて、その中に水瓶の水が湛えられている。これは後でヴァッシュが入浴のときに使うものだ。俺は、キッチンで料理を作るときに入浴用の湯を別に作ったものを使う。それを水で温めて使うのだ。
服を脱いで頭をさっと洗う。湯にタオルを浸し、それで体を丹念に拭く。そのとき、人の気配がした。ふと見ると、そこには一糸まとわぬ裸になったヴァッシュの姿があった。




