第二百二十六話 面倒臭い
「王都でなにをするんですか?」
クレイリーファラーズが口を開く。思わず、口を突いて出てしまったようだ。そんな彼女に、ハウオウルは振り返りながら口を開く。
「儂も王都には少なからず知り合いがおるでな。その者たちにも久しぶりに会いたいと思っておる。……まあ、それは冗談として、ご領主の助けには少しはなるとは思うぞい。ご領主は貴族の舞踏会に招待されておるのじゃろ? 儂は貴族との付き合いも少なからず経験しておる。何せ、王都の貴族たちは海千山千じゃ。どんなことを仕掛けてくるのかわからん。それに……ユーティン子爵家自体も気になる。どんな無理難題を吹っかけて来るのか、わからんからの」
「えっ!? 無理難題!?」
俺の声に、ハウオウルが笑顔で振り返る。
「カッカッカ。いや、年寄りの戯言じゃ。聞き流してくだされ」
「……」
思わず絶句する俺に、ヴァッシュが落ち着いた声で口を開く。
「貴族という者は常に、成功している者の足を引っ張ろうと考えているものよ。実家とはいえ、あなたの足を引っ張ろうと考えていても、不思議じゃないわ」
「俺の足を引っ張ったところで、何になるんだ?」
俺の言葉に、ヴァッシュは呆れたような表情を浮かべる。
「何を言っているのよ……。このラッツ村の収穫高を何倍にもしているのよ? この国の食糧難を解決できる程の収穫量なのよ? それだけじゃないわ。このリリレイス王国とインダーク帝国との戦争を回避させたのも、あなたなのよ? 言わば、この国の英雄だわ。そんなあなたを妬んで、追い落とそうとする者は、それこそ数えきれない程いると思うわ」
「そんな……」
「情けない声を出さないでよ。あなたは堂々としていればいいのよ。後のことは、私たちが何とかするわ」
そう言うと、ヴァッシュは周囲に宣言するように、力強く声を張った。
「馬車はもう一台用意するわ。先生、是非、私たちと同道下さい。よろしくお願いします」
そう言って、彼女は丁寧に頭を下げた。その姿を見たクレイリーファラーズは、思わず天を仰いだ。
「ただ今戻りました」
玄関で声がする。この元気な声はレークだ。パルテックを伴ってダイニングに入ってくると、ハウオウルを見て、ぴょこんと頭を下げる。
「先生、来ていらっしゃったのですか。いらっしゃいませ。あ、馬車ですが、問題なく借りられました。奥方様のご注文の品はすべて揃えることができました」
「ありがとう」
ヴァッシュがにこやかにレークに対応する。ハウオウルも笑みを崩さぬまま、レークに話しかける。
「おおレーク。お前さんの知らせを受けてここに来てよかったぞい。儂も、王都に行くことにしたぞい」
「本当ですか?」
「ああ。ちょっと長くなるが、お前さんも体に気をつけてな」
「先生……何だか会えなくなるみたい……」
「カッカッカ! 心配するな、ちゃんとご領主と一緒にこの村に帰ってくるつもりじゃ。まあ、儂も年じゃからな。途中で行き倒れることもあるかもしれんがの」
「またまた、先生~」
「フアッハッハッハ!」
和やかな空気がダイニングに流れていく。だが、クレイリーファラーズだけが一人、負の雰囲気を漂わせている。マジでハウオウルのことが嫌いらしい。
「ねえ、レーク、パルテック」
ヴァッシュが口を開く。二人はスッと彼女に向き直る。
「馬車がもう一台必要になったの。準備できるかしら?」
「もう一台ですか……」
パルテックが少し考え込んでいたが、すぐにレークの元気な声が聞こえる。
「大丈夫です。馬車ならあります!」
レークは俺たち一人一人に視線を向けながら、さらに言葉を続ける。
「村長が……村長が残していった馬車があるはずです。それを使えばいいと思います」
「へえ……そんなのがあったんだ……」
「館の裏手に大きな倉庫があります。そこにあるはずです。ただ、かなり長い間使っていないので、少し手入れがいるかもしれませんが……」
「わかったわ。じゃあ、見に行きましょう。きっと汚れているだろうから、掃除もしなくちゃいけないわね。レーク、案内してちょうだい。パルテック……」
彼女の声に、パルテックはゆっくりと頭を下げる。
「それじゃ、儂も一旦、宿屋に帰るとするかの。出発の準備をせねばならぬからの」
「じゃあ、あなたはお留守番を頼んでもいいかしら」
「ああ、わかった。馬車の様子を見たら、一旦屋敷に帰っておいで。掃除や手入れは昼食のあとでいいだろう」
ヴァッシュはスッと笑みを浮かべる。そして、目で皆を促して屋敷を後にしていった。俺は近づいてきたワオンを手招きしてこちらに呼び寄せ、膝の上にちょこんと乗せた。
「何でジジイを連れて行くんですか!」
まるで溜まりに溜まっていた不満が爆発したかのように、クレイリーファラーズが口を開く。俺はため息をつきながら彼女を眺める。
「そりゃ、色々と力になってくれるからに決まっているでしょう」
「力になる? あのジジイは間違いなく私を襲うつもりです。私の貞操が危機にさらされるのですよ! そんなの耐えられないわ!」
「あなたが、ハウオウル先生に襲われたら、俺は何でもあなたに、好きなものを食べさせてあげますよ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「まあ、大人しくしているんだな」
何かを言わんとしていたクレイリーファラーズの話を遮るようにして、俺はさらに話を続けようとする。だが、彼女はプイッとそっぽを向いたまま、むくれてしまった。全く、面倒臭い人だなぁ……。




