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第二百二十四話 プレゼン

「何だって?」


ノスヤは思わず耳に手を当てながら聞き返す。彼自身も、クレイリーファラーズが何を言わんとしているのか、いまいち理解できないでいた。そんな彼に、クレイリーファラーズは少し首を傾げ、まるで、なぜわからないのかがわからないといった表情を浮かべた。


「だから、私は一人で馬車に乗りますから」


「いや、大事なところはそこじゃない。なぜ、あなたが王都に行くので?」


「うん? どういうことでしょう?」


「ええと、話を整理しましょうか。俺は王都から招待状が届いたので王都に向かう。これ、大丈夫ですよね? で、こちらにいるヴァシュロンさん。彼女は俺の妻ですので、一緒に行っていただきます。これも……大丈夫? そして、パルテックさん。彼女は行儀作法から色々な仕来りを知っておいでです。貴族との付き合いの中で、良き相談相手となるでしょう。だから、一緒に行っていただく。……ここまで大丈夫ですよね?」


クレイリーファラーズは、よくわかったと言わんばかりに、大きく頷いている。


「で? そこからの~?」


「……」


ノスヤは再びヴァシュロンと顔を見合わせる。彼女も、クレイリーファラーズの意図をいまいち呑み込めないようだ。彼はちょっと天を仰いだかと思うと、ぽんと手を打った。


「あ、そうだ。忘れていた」


「そうです、そこです! やっと気が付きましたか~!」


「ワオンを連れて行かなきゃ」


クレイリーファラーズが固まっている。そんな彼女を全く無視するように、ヴァシュロンが口を開く。


「そうだわ。ワオンも連れて行かないと。仔竜を連れて行くと、王都の貴族たちの見方が変わるわ。きっと一目を置かれるわ」


「まあ、それもそうだけれど、俺たちがいないと、ワオンが寂しがるだろう」


「レークがいるけれど……。確かに、あなたがいないと、寂しがるでしょうね」


そう言って二人は頷き合う。ノスヤは勝手口に向かって声を上げる。


「ワオン。おーいワオン!」


「……きゅ?」


彼の声に応えるように、片方の前足で、器用に勝手口を開けてワオンが入ってきた。その彼女にノスヤは優しく声をかける。


「俺とヴァッシュは王都に向かうけれど、ワオンも一緒に行くかい?」


「きゅー」


まるで万歳をするかのように、ワオンは前足を大きく上げながら鳴き声を上げる。そのかわいらしい様子を見て、ノスヤたちは思わず笑みを漏らす。


「もしもし? もしもーし? 何か、お忘れではありませんか?」


クレイリーファラーズが目を見開きながら、パンパンと手を打っている。せっかくのいい雰囲気をぶち壊されたノスヤは、露骨にイヤそうな表情を浮かべた。


「忘れているでしょうが、私という存在を!」


「いや、あなたを連れて行く理由がない」


「何ですって?」


「あなたは、王都で何をしようとしているんですか? 俺たちの助けになるつもりですか?」


「もちろんですよ」


「例えばどんな?」


「あのねぇ……。私がいれば、秘密裏に敵対する貴族の情報が手に入れやすいでしょ?」


「何それ? まあ、できなくもない気がしないでもないですが、そもそも何も、俺と貴族たちが敵対すると決まっているわけではないでしょう?」


「甘いですね。貴族というのはまさしく、魑魅魍魎が跋扈する世界です。相手が優しくていい人だからと言って、信用してはいけないのです。そいつは実はあなたの敵だった……なんてことがいくらもあるのです。まさしく、貴族社会では生き馬の目を抜くように生きていかねばならないのです。そんな世界に、裸同然で飛び込むのは危険です。誰に悟られることなく、相手の情報をゲットしてくることができるこの私を連れて行かない、なんていう選択肢はないじゃありませんか~」


何て胡散臭いプレゼンだ……。ノスヤは心の中で唸っていた。言っていることは間違っているとは思わないが、彼女を連れて行くことで発生するリスクを彼は考えていた。食事のこと、ヴァッシュとの関係……それらの問題が頭をよぎるが、この天巫女の場合、予想を超えた問題を発生させる恐れが多分にあった。さて、どうするべきだろうか。ノスヤはゆっくりと視線をヴァシュロンに向ける。彼女もじっと、彼を見据えていた。


……どうやら、彼女自身も、決めかねているようだ。それはそうだ。クレイリーファラーズは表向きは夫であるノスヤの家庭教師という立場だ。その人を連れて行くかどうかは、ノスヤが決めることであって、自分が口を挟むことではない。ただ、本音を言えば、あまり連れて行くのはどうなのか、と思っているようだった。


再びクレイリーファラーズに視線を向ける。腕を組み、堂々と胸を張っている。王都に行く気は満々のようだ。何故だろう。イライラする。


いかんいかん、落ち着かねば。ここでキレてしまってはいけない。ヤツが王都に行きたがるのはきっと、毎日の食事なのだ。いつもここで食っているメシが食べられないからなのだ。それに関しては、セルフィンさんに頼めばいい。いつもお昼の弁当を作ってもらっているが、それを夜も作ってもらえばいい。朝食は……コイツはやる気があれば、昼まで寝ていることができる。別にいらないだろう。


「ごめん」


玄関で声が聞こえた。この声は確か……。そんなことを思いながら、彼はその場を離れて玄関に向かう。ヴァシュロンも付いて来る。扉を開けると、そこにはにこやかな笑みを浮かべた、ハウオウルの姿があった。

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