第二百二十一話 招待
神様とのやり取りから三日が経った。
ヴァッシュはあの後、特に取り乱しもせず、いつもと変わらぬ様子でいてくれている。ただ、やはり動揺はあるのだろう。夜、寝るときは俺にギュッと抱きつきながら眠っている。夜中にふと目を覚ますと、ヴァッシュも一緒に目を覚ます。……眠りも浅いようだ。
だが彼女は頑なに神の話題を口にしない。いつ、いかなるときも、そのことは口にしてくれるなという雰囲気を漂わせている。彼女にとっても、俺が普通の人間とは少し異なるとは思っていたものの、まさか神に通じている男だとは思わなかったらしい。だが、それを必死で受け入れようとしているのだ。そんな彼女に、感謝するしかない。
二人で無言のまま朝食を摂る。メニューはいつものスープにパンと目玉焼き、そしてヴァッシュが作ったサラダだ。
「きゅっ、きゅっ、きゅっ」
傍ではワオンが嬉々として朝食を食べている。メニューは俺たちと同じものだが、彼女には全て大盛りを食べさせている。基本的に彼女は何でも食べるし、何でも食べられるのだが、ここ最近は味にうるさくなった気がする。我ながら上手くできたと思う料理には、尻尾を振りながら食べてくれるが、そうでもない料理だと、おとなしく食べる。やはり、作る側からしてみると、喜んで食べてくれると張り合いがあるために、俺もついつい味の研究をしてしまうのだ。
朝食が終わると、いつものようにレークとパルテックがやってきた。だが今日はいつもとは異なり、男性を連れての三人での来訪だった。
それは若い、イケメンの男性だった。旅装しているが、身に付けているものがどれもが高価そうだ。彼はレークに案内されて屋敷に入ると、直立不動の姿勢を取った。
「宰相、メゾ・クレールからの書簡でございます」
そう言って彼は懐から恭しく一通の書簡を取り出した。そこには、舞踏会の案内状が入っていた。俺はそれを丁寧に受け取り、承知したと彼に伝える。
「承知いたしました。すぐに立ち帰りまして、宰相様にお伝えいたします」
「あ、せっかくですから、お茶でも飲んでいってください」
だが彼は、一刻も早く王都に戻らねばならないと丁寧に断り、そのまま屋敷を後にしていった。
「ずいぶん急ぐんだな」
「当り前よ」
「どうして? 別にお茶くらい飲んでもいいだろう?」
ヴァッシュは俺を眺めながら、大きなため息をついた。その様子をパルテックがにこやかに見守っている。
「あなたの勧め通り、この屋敷で休憩をして帰るのであれば、行く必要のない舞踏会だわ」
「え?」
「一刻も早く王都に戻って、あなたが参加する意思があることを伝えて、早く準備にかかるためにあの使者は帰っていったのよ」
「お茶飲むくらいは……」
「舞踏会の主賓は、あなたなのよ?」
「えっ? 俺?」
「そうよ。舞踏会を貴族たちに召集するときは、誰が主賓なのかを明らかにするのが普通だわ。そのために使者は主賓が承知したことを早く王都に帰って報告する必要があるのよ。ここで休憩をしていたなんてことがバレたら、彼は最悪の場合、罰を受ける可能性すらあるのよ」
「ええっ、そんな……」
「驚いている場合じゃないわ。早く荷造りにかかりましょう。できれば、今日の夕方……遅くても、明日の朝には出発できるようにしないと……」
「そんなに早く!?」
「当然よ」
ヴァッシュはずいっと俺に顔を近づけてきた。いい香りがする……。
「舞踏会に参加する前にやらねばならない準備が沢山あるわ。まず、ご本家にご挨拶しなければならないでしょ。そして、兄上のシーズ様、宰相のメゾ・クレール様にもご挨拶しなければならないわ。その上で、舞踏会の前にご挨拶に伺う家についても指示いただかなくてはならないわ。それに衣装だって……。準備することが沢山あるわよ。参加すると決まったからは、一刻も早く王都に着かねばならないわ」
「はぁぁぁぁ」
「さあ、準備しなくちゃ。パルテック、あなたはすぐに馬車の準備をお願い。そして、レークはパルテックと一緒に村に行ってちょうだい。必要なものをパルテックから聞いて、揃えて欲しいの。何もあなたが買ってくることはないわ。店の人に、この屋敷まで届けてもらうように言うだけでいいわ」
ヴァッシュの指示を受けて、パルテックはゆっくりと頭を下げ、レークを伴って屋敷を後にしていった。
「あの……」
天を仰ぎながら、王都に向かうための準備物を考えているヴァッシュに向かって、恐る恐る口を開く。
「何よ?」
「もちろん、君も、一緒に来てくれるんだろう?」
彼女はキッと俺を睨みつけたが、やがてスッと目を閉じたかと思うと、ゆっくりと目を開けて、まっすぐに視線を向けてきた。
「当然よ。きっと、王都の方々は、私を見たいでしょうからね」
「い、イヤなら別にいいよ?」
「いいえ、行くわよ。それに……」
「それに?」
「……一人で待つのは、イヤだわ」
「ヴァッシュ……」
「ちょっと、何よ、もう……」
俺は思わず彼女を抱きしめていた。ヴァッシュは少し驚いていたが、やがて、スッと体の力を抜いた。そのとき、何かを忘れている気がしたが、何も思い出せなかった俺は、ヴァッシュを抱きしめながら改めて、お礼を言うのだった……。




