第二十二話 ラーム鳥
ソメスの実を育て始めてから、1ヶ月が経った。大地を覆っていた雪は完全に溶け、辺りは緑の新芽があちこちで見られる、春らしい景色に変わっていた。
そんな中、俺は屋敷の前で、腕を組みながらため息をついていた。
「こりゃちょっと、やりすぎたな……」
目の前には、夥しい数のソメスの木が並んでいた。その数100本。裏庭に作った畑は、この木でほぼ、占領されてしまっている。
結局、ラーム鳥の姿は確認することができず、その糞も確認できなかった。クレイリーファラーズは、毎朝この鳥の糞を探したのだが、結局見つけることができなかったのだ。それどころか、ソメスの実がなれば必ず果肉を全て食べられていた。何となく、これは悔しい。
一体、ラーム鳥とはどんな鳥だろうか。興味を持った俺は、この鳥を観察しようと試みた。だが、その姿を見ることすらできなかった。ソメスの実の果肉を食べていることから、確実に畑には飛んできているのだ。俺はいつもよりも1時間早く起きて見に行ってみたが、既にソメスの実は荒らされた後だった。こうなると、何とかしたいと思うのが人情というものだ。そこで俺は先日、夜から一睡もせずに畑を見張り続けた。深夜、ソメスの実がなっているのか、突然、パチッという音があちこちで聞こえ始め、見に行ってみると、確かに実がなっていた。きっともうすぐ鳥が現れるだろうと思って見ていたが、待てど暮らせど一羽もやって来ることがなかった。
結局、朝まで粘ってみたが鳥は現れず、俺は一息入れようと水を飲むために、眠い目を擦りながら屋敷に入った。
だが、そのわずか10分程度の時間で、事件は起こった。何と、全てのソメスの実がやられていたのだ。
クレイリーファラーズの説明によると、ラーム鳥はとても臆病な鳥であり、人の気配があるうちはまずその姿を現すことはないのだという。ただ、これだけの速さでソメスの実を食べていることから、間違いなく複数のラーム鳥がいるのだという。
こうなると、何としても、その鳥を見たい、と思うのは人間の性というものだ。
俺は、ソメスの実から種を取り出し、次々と畑に植えていった。そしてペアチアトをその上にかけていく。鳥たちが対処できないくらいの数を作れば、自ずとその姿を見る可能性も上がるだろう。そう考えた俺は、せっせとソメスの実を育て始めた。
だが、どれだけ育てようとも、その実はなった途端に食い尽くされていった。一体何羽いるのか。意地になった俺は、さらにその数を増やしていき、気が付けばソメスの木が100本を超える事態になっていたのだった。
さすがにこれには、村人たちが驚いた。特にティーエンは爆発的に増えていく木々に目を丸くして驚いていた。
「一体、何をしようとされているのですか? これは……まさか、ソメスの木?」
「あ、いや、うん。ちょっと裏庭が寂しいので、森から手ごろな木を移して植えているんだけれど……ちょっとやりすぎていますよね」
「いえ……別に、ご領主さまのお屋敷なので、ご自由になされてよいのですが……。それにしても、ソメスの木によく似た木が、この森の中にあったのですね」
さすがにソメスの木を育てているとは思わず、ティーエンの目を上手く逸らせることができた。ただ、数百のソメスの実が食い尽くされているこの現状は、何とかしなければならない。おそらく今は酸っぱい実であるために食われていて、これが甘くなれば食われなくなり、俺たちのものになるのだろうが、何か釈然としない。とはいえ、これを解決する方法が見つからない。仕方がないので、ラーム鳥のことは、しばらく放っておくことにしたのだった。
だが、その直後、思いがけずこの鳥を見ることになった。
昼食を食べていると、突然、耳ざわりな、まるで黒板を爪でひっかいているような不快な音が聞こえてきた。しかもその音が半端ではない。一体何事かと思っていると、突然クレイリーファラーズが叫び出した。
「この鳴き声! ラーム鳥ですよ!」
「こんな気色の悪い鳴き声なんですか!?」
「いいえ、これはきっと……何かに襲われていますね!」
そういうや否や、彼女は裏庭に飛び出していった。すると、森の上空で三羽の鳥がぶつかり合っている光景が目に飛び込んできた。一羽は赤色の翼を持つかなり大きい鳥で、その周囲に、鮮やかな緑色の翼を持つ鳥が交互に近づいたり離れたりしている。
「あっ、ほら! あの緑色の翼がラーム鳥です! そして、あの赤い翼を持つ鳥が、グレートヒルツです!」
「グレートヒルツ?」
「かなり攻撃的な鳥です。火を吐く鳥ですよ!」
「火を吐く? マジっすかー」
何やら危険な鳥のようだ。できれば関わりたくないが、クレイリーファラーズは興奮しながら鳥たちを眺めている。そのうち、二羽のラーム鳥はグレートヒルツに追い払われるように、遠くに離れていった。その直後、その鳥は高度を急速に下げ、俺たちのいる所に下りてきた。俺は思わず身構える。
だが、鳥は俺たちの所には来ず、すぐ近くの森の中に向かって降りていった。
「そうか! もしかしたら……」
そう言ってクレイリーファラーズはいきなり森の中に向かって走り出した。一体何のことだかわからないが、俺も彼女の後を追いかける。
「いた! あれです! うわあああ……」
彼女の指さす方向見ると、木の上に巣が作られており、その中に雛が三羽ほどいるのが見えた。グレートヒルツはそのくちばしで雛を突いている。俺たちの所にも雛がピィーピィーと鳴いているのが聞こえてくる。そのとき、グレートヒルツが雛の一羽を咥えたのが見えた。雛は頭をくちばしの中に突っ込みながら、必死でパタパタと足をバタつかせている。どうやら雛を丸呑みしようとしているようだ。
俺は無意識のうちに手を空に向け、土魔法を発動していた。天に向かって土が伸びていく。そしてあっという間にグレートヒルツの背後まで伸びていき、その直後、土が鳥にまとわりついた。
「グェアアアア、グェアッ!」
激しく体をゆすって土を振り払おうとするグレートヒルツ。だが、既に土は硬化を始めていた。ただならぬ様子を察したのか、鳥は雛を吐き出して飛び立とうとした。しかし、まとわりついた土は完全に翼の自由を奪っていた。鳥はきりもみをしながら地面に落ちていく。
「グエェェェェ!!」
俺たちを発見した鳥は、最後の抵抗なのだろう、くちばしを大きく開けて、ものすごい声で鳴き声を上げた。その直後、口から炎が飛び出した。
「危ねぇ!」
咄嗟に俺は両手を前に出して、土で楯を作った。気が付くと、目の前にグレートヒルツが落ちてきていた。どうやら炎は上手く防ぐことができたようだ。
クエェェェ、クワァァァと力なく鳴いているグレートヒルツ。さてこの鳥をどうしようかと考えていると、クレイリーファラーズが一瞬のうちに鳥の首を落とした。
「うえっ!? 何を!?」
「この鳥は肉がとても美味しいのです。すぐに血抜きをしないと!」
彼女はあっという間に羽を毟り、懐に隠し持っていたナイフで、鳥を解体してしまった。
「クルルルークルルアァ」
ふと見上げると、二羽のラーム鳥が俺たちを見て鳴き声を上げていた。どうやら三匹の雛もピイピイと鳴いているので、大丈夫のようだ。
「どうやら、お礼を言っているようですね。なるほど、近くに巣があったのですね。雛を育てるために、裏庭のソメスの実を食べていたのですね」
聞けば、ラーム鳥は、食べた食物をペースト状にして体内に溜めることができるそうで、おそらく、雄と雌が交互にソメスの実を食べに来て、それをせっせと体内に溜め、雛にエサをやっていたのだろうということだった。
「ま、子供を育てるためなら、仕方がないか……」
「ラーム鳥は、あのように森の木々と同じ色なので、見つけることが難しいのです。今回、彼らの巣が見つけられたのは、とても珍しいことです」
鳥オタのクレイリーファラーズは、興奮を隠し切れない様子で話している。ちなみに、捕らえたグレートヒルツは、屋敷で細かく肉を分け、それをから揚げにして食べてみた。下味をつけていなかったのだが、そんなことは問題ないくらいに味の濃い、美味な味わいだった。
その後俺は、肉の全てをから揚げにした。その大半をクレイリーファラーズが食べたのは、言うまでもない。




