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第二百二十話  ご都合

「テメェ、ふざけんなよ!」


突然、大声が聞こえてきて、俺はビクッと体を震わせる。声のする方向に視線を向けると、ボーヤノヒが目をカッと見開いて、俺たちを睨みつけていた。


「テメェ、自分で何をやっているのか、わかってんのかよ!」


「は? 意味わかんないんだけど?」


「天巫女が人の寿命書き換えるのは一番のご法度だろうが! しかもこのヴァシュロンはアタシが担当している女だろうが! マジテメェ、ケンカ売ってんのかよ!」


「ほ~う。どの口がそれを言うのかしら?」


「ああん!?」


「お前、好みの男子見つけたとき、無理やり魂を召喚しているだろ? 知らないとは言わせないよ?」


「……意味がわかんない」


「スーパーモデルの卵だっけ? えらいイケメン侍らせてたよね?」


「あれはたまたま数字を見間違えたからだよ!」


「あんなにきれいな字なのに? お前、目が悪いんじゃないのか? てゆうか、それ、一度や二度じゃないよね? 知ってんだからな? お前が神にゴロニャン、ってしてミスを隠しているの。ミスならまだ仕方ないけど、お前の場合、故意だからな? 質の悪さで言えば特級品だよな?」


「かっ、神様ぁ~。クレイリィ~がぁ」


彼女は猫なで声を出して、老人に縋りつく。彼もまんざらではない表情を浮かべたが、やがて真剣な表情となって、口を開いた。


「もう、時間じゃな。ちょっと失礼するぞ?」


彼はスッとヴァシュロンを指さした。その瞬間、二人の姿は消えてしまった。


「おはようございます!」


玄関の扉が開く音がしたかと思うと、すぐにレークの元気な声が聞こえてきた。いつもの通り、彼女はパルテックを伴ってやって来た。


「あれ? まだお食事中でしたか?」


「あっ……ああ……その……」


「今日は随分と早いわね」


「あれ? いつもと同じ時間だと思うのですが……」


「まあ、いいわ。さっさと食べちゃいましょ」


ヴァシュロンが何事もなかったかのように、声をかける。俺は慌てて食卓に着き、残りの食事を口の中に詰め込んだ。その様子をクレイリーファラーズはじっと眺めていた。


食事が終わり、レークはパタパタと屋敷の掃除を始めた。パルテックはヴァシュロンと話をしている。どうやら、彼女の体調を心配しているようだ。何か困ったことはないかなどと聞いている。


「ねえ、レーク、パルテック。悪いんだけれど、お昼まで二人っきりにして欲しいのよ。ちょっと二人で話し合いたいことがあるの」


「しょ……承知しました、姫様」


「ああ、お昼は一緒に食べましょう」


「わかりました。では、セルフィンさんの所には私が行きますね」


「そうしてもらえると助かるわ、レーク」


「ではレークちゃん」


パルテックに促される形で、二人は屋敷を後にしていった。


「申し訳ないけれど、あなたも遠慮してもらえるかしら?」


ヴァシュロンがクレイリーファラーズに向けて口を開いている。彼女は俺をチラリと見て、ゆっくりと頷いた。


『さっきのことは、この子は覚えていませんよ。ジジイが記憶を消しましたから』


俺の頭の中にそんな言葉を残して、彼女は屋敷を後にしていった。


「……」


「……ヴァッシュ?」


誰も居なくなったのを確認した彼女は、突然俺に抱きついて来た。俺も彼女も言葉を発しない。静かな静寂が部屋の中に訪れる。かすかにワオンの羽が動く音が聞こえる。


「……何だったのかしら?」


「……何?」


「食事をしていたら……突然、レークとパルテックが現れたわ。何が起こったのかしら?」


「……気のせいじゃないかな」


「ものすごい……いろんな思いが心の中に湧き上がってくるの。これは……何?」


抱きしめている腕を通して、彼女が小刻みに震えているのがわかる。俺は抱きしめている力を少し強める。


「……誰かと、話を、した?」


ヴァシュロンの言葉に、ビクッと体が震える。ええと、この場合は何て言えばいいんだろう……。


「すまぬな」


突然声が聞こえたので、再び俺は体を震わせる。そこには、先程の老人がテーブルに座っていた。ボーヤノヒとかいう天巫女は、姿が見えない。


「あっ……あ……ああ……」


ヴァシュロンが老人を見て慄いている。彼はそんな彼女の様子をチラリと見たが、やがて大きなため息をついた。


「ヴァシュロンの記憶は戻しておいた。まあ、座ってくれ」


俺たちは促されるままにテーブルに着いた。


「あの……やっぱり……ヴァッシュの命を……」


「いいや、そうはいくまい。仮にも、『神の書』に寿命が記載されたのじゃ。それを大きく変えるわけにはいくまいて」


「じゃあ……」


「うむ。ヴァシュロンの命を召すわけにはいくまい」


「よかっ……た。よかった、ヴァッシュ……」


そう言って俺は彼女を抱きしめる。だが彼女は現実が理解できないのか、ポカンとした表情を浮かべたままだ。


「ただ一つ、そなたに気をつけてもらいたいことがある。それを確認しに来たのじゃ」


「気をつけてもらいたいこと?」


「今後、そなたにはいくつかの恋のチャンスが訪れる。その際、ヴァシュロンと離れぬようにしてもらいたいのじゃ」


「どういうことでしょう?」


「そなたたちは魂が繋がり合っておる。その繋がりが失われると、互いの魂が大きく傷つけられることになる。そうなると……命を失うことにもなりかねんのじゃ。そなたの寿命は長い……それがすぐに天に召されるとあっては……な」


「神様としても都合が悪いということですか」


「まあ、こんなことはもう起こらんじゃろうが……。全く、面倒なことになったわい」


老人はそう言って大きなため息をついた。

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