第二百十九話 提案②
「神様ぁ。クレイリーのアイデア、素晴らしいと思います。是非、そうしてはどうでしょうか?」
「うむむ……ボーヤノヒがそう言うなら……」
「チッ」
再びクレイリーファラーズが舌打ちをする。だからやめろって言ってんの。何でそんな態度を取るかな。あなたをフォローしてくれているのに……。
そんなことを考えていると、ボーヤノヒがクレイリーファラーズに向けて話しかける。
「なぁに? クレイリー。照れないでいいよぉ。そんなに怖い顔をしなくてもぉ。やだぁ、怖ぁい、クレイリィー」
「マジキモイんだけど?」
「は?」
「キモイって言ってんだよ、このヤリ〇ン天巫女が」
「何? 悔しいわけ? 自分では何もできなかったことを、私がフォロー入れて上手くいくようにしてるのが、悔しいんだ?」
「お前のぶりっ子がキモいって言ってんだよ。みんなにキモいって思われてるぞ、お前?」
ボーヤノヒはスッと老人に体を密着させて、耳元で囁くように呟く。
「神様ぁ、クレイリーがあんなこと言ってますぅ。私、キモイですかぁ?」
「そんなことはない。お前はかわいい。かわいいぞ?」
「んふっ、大好き、神様」
とろけるような笑顔で彼女は老人に抱きついている。そして、フッと視線を俺に向けると、かわいらしい笑みを浮かべて俺に近づいて来た。
「ねぇ、ノスヤ様ぁ。私、キモいですかぁ?」
……正直、かわいいです。ってゆうか、胸元が開きすぎていませんか? あとちょっとで、見えてしまいますよってか、見えて……ギリギリ見えない!
『何やってんだよ、張り倒しなさいよ! 張り倒せ! ブッ飛ばせ! 隣見て見なさいよ、と・な・り』
うるせぇな。今、俺は戦っているんだ。隣だぁ? 隣が何だと……うわっ、ヴァッシュが睨んでいる。……怖い。
「あの、ちょっと、離れましょうか?」
「ええ? 私のこと、キライですかぁ? ヤダぁ……泣いちゃう……えぐっ、えぐっ……」
そう言って彼女は両手を目に当てる。いや、何も別に泣かなくても……。
「涙が出てないよね」
クレイリーファラーズが冷たく言い放つ。その言葉に、ボーヤノヒの動きが止まる。
「……チッ、咄嗟だと、出ないわね」
「マジ、きめぇ」
「取りあえず、落ち着こうか」
睨みあう二人の天巫女を取りあえず引きはがす。何故に、女子はこう、怖いかな。
ボーヤノヒは無表情のまま老人の隣に座る。その際、スッと腕を老人の腕に絡めている。これは……そういう関係なのか? いや、神様、遊ばれているのか?
「オホン、まあ、ヴァシュロンの魂の行先については、クレイリーファラーズの案を検討するとして、問題は、彼女の寿命じゃ。すでに寿命が尽きておる状態じゃからな……もってあと数年程度で、命が尽きてしまうじゃろう」
「え……」
「ややこしいのじゃよ。定められた寿命を過ぎて生きることは稀にある。じゃが、それも数ヶ月のうちに尽きるものなのじゃ。しかし、お前さんたちの場合、魂が繋がり合ってしまっておる。お主の寿命は99歳まで生きることになっておる。それだけ長い寿命を持つ者と魂が通じ合えば、お主の影響を受けて数年は命を繋ぐかもしれぬが……。遅かれ早かれと言ったところじゃ。まあ、儂らの都合を言ってしまうと、クレイドルが本来転生するところに、ヴァシュロンの魂が行ってくれれば、丸く収まるのじゃがな」
「クレイドルの転生先……どのような?」
「フム……確か……」
老人は分厚い本を再び開いて、パラパラとページをめくる。
「あったあった。なになに? 生まれ変わるが……捨て子じゃな。生まれてすぐ、捨てられる。拾われるか、そこで命を落とすか。拾われた先でどのような人生を歩むのかは、天上界でどれだけ魂が浄化されたかによる。まあ、ヴァシュロンの場合は、大きな罪を犯しておらんから、最悪の状況になる可能性は低いが……」
「わかったわ」
突然ヴァシュロンが口を開く。彼女はスッと立ち上がって、老人を見つめる。
「必ず……必ず生き抜いて見せるわ。そして……必ずあなたの許に帰ってくるわ。20年後か30年後か……わからないけれど、必ず戻ってくるわ。だから……だから……」
ヴァシュロンの目から涙が溢れている。俺は彼女の手を握って、隣に座らせる。老人は俺たちを見ながら、ポリポリと頬を掻いている。
「ううむ……気持ちはわかるが、ヴァシュロンがこの世に転生するのは、100年後じゃ」
「ひゃ、ひゃくねん?」
「言いにくいことなのじゃが……」
「それじゃ、その案は受け入れられないですね」
「別にこの子が転生しないといけないわけは、ないじゃないですか?」
「どういう意味じゃ、クレイリーファラーズ」
「いや、だから、別に転生する必要性がないってことです。その捨て子は将来、この世を救うのですか?」
「いや……それは……」
「なら別にそこにこだわる必要はないでしょう?」
「ではお前は、どうしろと言うのじゃ!」
「ちょっと、この子のページを見せてください」
「あ、コラ! 何をするんじゃ!」
クレイリーファラーズが老人の傍らにあった分厚い本をひったくるようにして自分の手元に持って来る。そして、パラパラとページをめくる。
「あった、これだわ。確かに14歳って書いてありますけれど……。あれ? おやおや? これ、数字がおかしくないですか? ちゃんと書きませんと……」
彼女は懐からペンのようなものを出して、それで本の中に何かを書き入れた。
「ほーら、これでわかりやすくなった」
クレイリーファラーズは、ズイッと本を老人に差し出す。
「この大バカ者! 何と言うことをするのじゃ! 1を9に書き換えおった! 何と言うことを!!」
激高する老人。それを見るクレイリーファラーズは、不敵な笑みを浮かべていた。




