第二百十七話 意外な来訪者
神様を名乗る老人は、どこからともなく分厚い本を取り出した。これは、記憶にある。俺が死んですぐにこの人の前に通されたのだ。そのときに彼が持っていた本と同じものだ。
彼はパラパラとページをめくる。ページをめくる……あっ、ページを戻した。……見つけられないらしい。一体、何をやっているんだか。
「ここですよ、ここ」
隣に座る美少女が指さしている。それを見て老人はニコリと嬉しそうな笑みを浮かべている。なんか、イヤラシイ。
「ええと……ヴァシュロン・リヤン・インダークっと。あったあった。ええと、本人で間違いないの?」
彼はヴァシュロンに視線を向ける。彼女は驚いた表情を浮かべながら、コクコクと頷く。
「実はな、お主はもう、死んでおるのじゃ」
「は?」
俺は思わずヴァシュロンと顔を見合わせる。昨日、一昨日と抱きしめたのは、幽霊だったのか??
「私は……生きているけれど……」
「ああ、正確に言うと、もう死んでいる予定だったのじゃよ。じゃが、お主はまだ、生きておる。これは、ちょっと儂らにとって都合の悪いことなのじゃよ……」
「あの……どういうことか、意味がわかりませんが……」
「まあ、そうなるじゃろうな。う~ん。儂も長いこと神をやっておるが、こんなことは初めてじゃ」
そう言って彼はポリポリと頭を掻く。
「ヴァシュロン・リヤン・インダーク。お主の定められた運命によれば、そなたは15歳の誕生日を迎える直前にこの世を去ることになっておったのじゃ」
「それは……病死か何かででしょうか?」
「いいや。まあ、有体に言うと……命を奪われる予定だったのじゃ」
「ど……どいうことです?」
「クレイドルという名前に、記憶はあるかの?」
「クレイドル?」
「……私が結婚する予定だった男の名前だわ」
……思い出した。確か、43歳だったか。そんなオッサンがまだ14歳だったヴァシュロンを妻にしようとしたのだ。
「定められた運命では、お主はその、クレイドルと結婚し、そして……虐待の末に命を奪われる運命にあったのじゃ」
「ぎゃ、虐待? 何故そんなことに?」
「クレイドルというのはいわゆる……変態……なんじゃな。彼女は激しい虐待の末に、その命を奪われる運命にあったのじゃよ」
「何と言う……。でも、よかったじゃないですか。そんな運命を辿らずに、俺と結婚したのですから……」
「そうなのですよねぇ。それはそれでよかったのですけれどもぉ……。ただ、運命のひずみが生まれてしまうのですよね」
老人の美少女が、困ったような表情で口を開いている。なんだろう、何だか、かわいいな……って、ヴァシュロンとクレイリーファラーズの目が怖い!
「オホン。お主をこの世界に転生させた段階で、運命のひずみは少なからず生まれるじゃろうと思っておったが……。まさか、こんなことになるとは、儂自身も想像すらできなかったわい」
「えっと……結局、どうなるのでしょう?」
「本来ならば、強制的にヴァシュロンの命を奪うことになるのじゃ」
「はあっ!?」
「じゃが、すでにこの娘の魂が天に召される……天に召されねばならない期間が過ぎてしもうた。あってはならぬことじゃ」
そう言って老人は肩を落とす。
「あってはならぬことって……。何でそんなことが起こったのでしょう? まあ、俺は嬉しいですが……。今の俺には、ヴァッシュのいない生活は、考えられませんから」
「うむむ……。本来は、天巫女がそれを行うことになっておったのじゃが……」
老人はスッと視線をクレイリーファラーズに向ける。彼女は思いっきり彼を睨みつけている。やめなさいよ、神様にメンチを切るんじゃないよ……。
「何をしておった?」
「何って……ちょっと、何言っているかよくわかんない」
「そなたはこの地域の担当じゃろうがぁ!」
突然老人が立ち上がって激高する。その彼を隣の美少女が、まあまあと押しとどめている。
「毎日食っちゃ寝の生活を送りおってからに! まあ、それも仕方あるまいと思って見過ごしておったが、やらねばならぬ仕事を放棄しておるとはどういうことじゃ!」
「……忘れていました」
「忘れていたじゃと!? そなたには、何度か連絡を入れておるはずじゃ! このボーヤノヒが連絡しておったじゃろうに!」
「ですかねぇ……。記憶にないですねぇ」
「クレイリィー。わかる、よーくわかるわよ。いきなり下界に飛ばされて大変だったのはわかるわ。でもね、神の啓示を無視しちゃダメよ。それは、天巫女じゃないわよぉ。だからね、神様に謝ろ? 私も一緒に謝ってあげるから、ね?」
「チッ」
舌打ちしやがった! このボーヤノヒ? っていう天巫女さん、とてもいい人じゃないか。そんな彼女に舌打ちするとは……このバカ天巫女、何を考えていやがるのか……。
「テメェのそういうところが嫌いなんだよ!」
クレイリーファラーズが目を剥いて怒っている。やめなさいって……。
「いつでもどこでもブリっ子しやがって! 知ってんだからな! お前が裏で神をディスってるのは! 神だけじゃなくて、創造神様もディスってるだろ! チビ・デブ・ハゲ・童貞・ニート神って言っているの、知ってんだからな! それに、召喚された男にお前、手ェ出しているだろ! クソビッチ天巫女の分際で、いい子ぶるんじゃねぇよ!」
「……チッ」
……ボーヤノヒが舌打ちをした。何なんだ、この展開は。ちょっと、落ち着きませんか、お二人とも。




