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第二百十五話  つよがり

何とか……なった……か。


俺はそんなことを考えながら、ヴァシュロンを抱きしめていた。彼女はじっと目を閉じている。時おり、ハッとかフッとかいう声が聞こえてくる。


よかった。ようやく、か……。


何とも言えぬ安堵感が湧き上がってくる。だが、すぐにまた、別の不安が頭をよぎる。


……このまま最後までできるのだろうか?


幸せな感覚は相変わらず続いている。だが、これから先の高ぶりが来るのかどうか、全くわからない。もしかして、このままか……。そんなことを考えてしまうが、すぐに、その考えを頭から消し去る。普通の男性であることがわかったのだから、まずはこれでよしとしよう、そう思うことにした。


「うっ……うっ……はっ……はっ……」


「大丈夫か、ヴァッシュ……。辛いんなら、やめようか?」


俺の声に、彼女はゆっくりと首を振る。


「大……丈夫……」


「ヴァッシュ……」


彼女を強く抱きしめる。優しくすると約束したのだが、無意識で強く抱きしめてしまった。相変わらず声にならない声を上げているが、力を緩めることができない。


……うん? あれ?


今まで感じたことのない感覚に包まれる。これは、一体だ? ちょっとした戸惑いを覚える。そのとき、俺の頭の中が真っ白になった。


「……」


「……」


しばらく動くことができなくなった。そして、ゆっくりと体の力が抜けていく。部屋の中には俺とヴァシュロンの激しい息遣いだけが聞こえている。


「……好きだ、ヴァッシュ」


「……」


「……ヴァッシュ?」


よく見ると、彼女は泣いていた。涙が次から次へと、とめどなく溢れてきているのがわかる。俺は彼女の涙を拭いながら、何度も謝る。


「ごめん。ごめんな。辛かっただろう? ごめん。優しくするって約束したのに……ごめん、本当にごめん」


「……よかった」


「え?」


彼女は泣きながら声を振り絞っている。何度も涙を拭いながら、言葉を続ける。


「魅力……ないと思ってた。私じゃ……ダメかもって……」


「そんなことは、ない。そんなことはない」


「だって……パルテックの言ってた……のと……全然、違った……」


「ごめん。本当にごめん」


「でも、今日は……よかった……本当によかった……」


ずっと強がり続けていてくれたのだ。本当は彼女も不安だったのだ。俺以上に不安だったのだ。それでも、俺を落ち込ませてはいけないと思って、ずっと強がってくれたのだ。なんと愛おしい女性なのだろうか。


彼女はしばらく俺の胸の中で泣き続けた。その彼女の背中を俺はひたすら、優しく撫で続けた。


「……ちょっと、落ち着いたかな?」


どのくらい時間が経っただろうか。ヴァシュロンの泣き声が聞こえなくなって久しい。彼女は俺の言葉に、小さく頷いた。


「よかった……。じゃあ、このまま寝ようか」


彼女は小さく首を振る。どうしたというのだろうか?


「眠れないわ」


「痛むのか?」


「違うわ。色んな思いが込み上げてきて、眠れそうに、ないのよ」


そう言って彼女は俺の胸の中から顔を出した。


「あなたは、眠って。私は大丈夫だから」


「……そういうわけにはいかないよ」


俺はしばらく天井を見ながら考える。実は俺も眠れそうにないのだ。確かに疲れてはいる。だがそれは、とても心地のいい疲れだ。こんな感覚は初めてだ。もう少し、この感覚に包まれていたいのだ。


「なっ、ちょっと」


俺はヴァシュロンをお姫様抱っこする形で抱き上げた。彼女は目を丸くして、戸惑いの表情を浮かべながら、俺の腕の中で小さくなっている。


「何? 何? どうするのよ」


「風呂に連れて行く」


「お風呂? 何で?」


「汚れたから綺麗にするんだ」


「魔法でいいじゃない」


「いや……」


問答無用で彼女を風呂場に連れて行く。そこで彼女を降ろして、床に水を溜める大きな盥を置いてその中に彼女を立たせる。


恥ずかしそうに体をよじりながら彼女は立っている。何ともエロいがとても綺麗だ。


「あふっ」


俺は呪文を唱えて、手から湯を出す。少し熱めのお湯だ。突然、体にお湯がかかってしまったので、ヴァシュロンは体を震わせている。


「ううう……」


「温かいお湯を掛けられると、気持ちがよくないか?」


「……髪の毛が……濡れてしまうわ」


「あ、ごめん」


彼女の髪の毛が濡れないように注意深く体にお湯をかけてゆく。そして、両手で彼女の体を洗っていく。


しばらくすると、盥の中のお湯が溢れそうになっているのに気づく。慌ててお湯を止めて、彼女をタオルで包むようにする。


ヴァシュロンは素早く体の水気をふき取り、クリーンの魔法をかけた。その様子を見ながら俺は盥の湯を捨てる。


「……クリーン」


俺の体が一瞬光る。ヴァシュロンが俺に魔法をかけてくれたのだ。


「これで十分きれいになるのに……。変わったことをするのね」


「でも、いいものだっただろう?」


「……まあ」


「風呂はもっと気持ちがいいんだよ」


「……ちょっと、楽しみだわ」


そう言って彼女は首を横に傾ける。なんとも可愛らしい。


「じゃあ、寝るか」


「そうね……って、うわっ」


俺は再び彼女をお姫様抱っこしていた。


「裸でお屋敷の中をうろつくなんて……お行儀が悪いわ」


俺の腕の中で彼女は呆れた表情を浮かべている。そんな彼女に俺はニコリと笑みを向ける。


「何とでも言え」


再びヴァシュロンをベッドに寝かせ、俺は優しく彼女を抱きしめた。

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