第二百十四話 初夜、再び
「では、また明日参ります。お休みなさいませ」
夕食後、パルテックとレークは深々とお辞儀をして、屋敷を後にした。屋敷には、俺とヴァシュロンの二人だけとなった。いや、今日はワオンもいるのだ。彼女はすでにスヤスヤと眠っている。
レークの話では、ワオンは昨日、ほとんど寝ていなかったようだ。レーク自身も、彼女の家族にワオンが怯えないように注意を払ったそうだが、やはりワオンとしては少し、厳しかったらしい。夕食を食べてしばらくすると、すぐに眠ってしまった。
ドラゴンなのにこんなに繊細でいいのだろうかと思ったが、パルテック曰く、ドラゴン、特に仔竜はとても繊細な生き物で、環境が変わると簡単に死んでしまうことがあるらしい。そのため、仔竜を人間の手で育てるのは極めて難しいのだそうだ。ワオンの様子を見ると、環境が変わると、仔竜は食事も睡眠もロクに取れなくなるのだろう。そのために衰弱して死んでしまうのではないか。そんなことを考える。
ちょうど、ヴァシュロンの部屋にあったバスケットがちょうどいい大きさで、ワオンはそこに入れ、毛布を掛けている。スヤスヤとよく眠っていて、寝心地はよさそうだ。
そんな彼女を眺めながら俺たちは笑みを交わす。
「俺たちも、寝るか」
「そうね」
そんな会話を交わしながら、ゆっくりと彼女を抱きしめた。
◆ ◆ ◆
ちょうど前日と同じ状態で俺はベッドに腰かけている。ヴァシュロンは風呂だ。今日もダメかもしれない。そんなことを考えてしまう。やはり昨日のショックを引きずっているのだろう。全くムラムラしてこないし、体はいたって普段のままだ。
「また昨日のことを考えている?」
ふと気づくと、ヴァシュロンが部屋に入ってきた。彼女はスッと俺の前に立つ。
「焦る必要はないって言っているじゃない」
「そう……だな。ゆっくり、恋人同士になっていけばいいよね」
「恋人? もう、私たち、結婚しているのよ?」
そう言って彼女はクスクス笑う。やっぱりかわいい。俺は彼女を優しく抱きしめる。
「何でそんなに落ち着いていられるんだ? 怖さとか不安とはないのか?」
「それは……ないと言えば嘘になるけれど、それよりも、あなたのことが心配なのよ」
「……ごめん」
「謝らなくっていいって言っているでしょ」
そう言って彼女は俺の腕からスルリと抜け出して、ゆっくりと俺の隣に座る。
「ゆっくりでいいの。ゆっくりで」
「ゆっくり……か。その割には、ダンスの練習はえらい速さで上達を求めているな」
「それは、時間がないからよ」
そう言って彼女は俺に向き直る。何だか言っていることが面白く、思わず笑みが漏れる。
「それにしても、このお屋敷、少し古くなっているわね……」
彼女はそう言って周囲を見廻す。確かに、壁などは一部シミができるなどしている。
「そうだな。ちょっと修繕の必要があるかもな。特に、風呂は全面的に作り直したい」
「お風呂? どうするのよ?」
「湯舟を作りたい」
「ゆぶね?」
「そう、お湯を溜めるんだよ。そこに入るんだ」
「よく……わからないわ」
「温泉って行ったことは……ない? 大きな箱を作って、その中にお湯を入れる。そこに浸かるんだ。とっても気持ちがいいんだよ」
ヴァシュロンはわかったようなわからないような表情を浮かべている。
「できれば、風呂場は広い方がいいな。ちょっと拡張させてもいいかもしれないな」
「どんなものを作るつもりなのよ」
「やっぱり湯舟は広い方がいいと思うんだ。二人で入っても十分広い風呂を作りたい」
「二人って……私たちで入るの?」
「そうだよ」
「……恥ずかしいわ。明るい中で、二人とも裸になるの? ……やっぱり、恥ずかしいわ」
そう言いながら、彼女の顔は徐々に赤くなっていく。かわいい。本当にかわいい。俺の心臓が波打っている。彼女の手を握ると、ゆっくりと俺に視線を向けた。
「こっちに、きてくれ」
そう言って、優しく手を引く。彼女は導かれるままに、俺の胸に抱かれた。そのまま抱えるようにして、ベッドに寝かせる。
「やさしく、して」
「ヴァッシュ……」
昨夜と同じく、ゆっくりと彼女のパジャマを脱がしていく。薄暗い中、彼女の体が露わになっていく。胸に膨らみはほとんどないが、肌が美しいせいだろうか、抱きしめていると本当に癒されるのだ。
昨夜よりも余裕が出てきたのか、抱きしめていると、彼女のことがよくわかってくる。
とても小さい体だ。痩せてはいるが、肉付きがいい。何と言うか、脂肪と筋肉のバランスが絶妙なのだろう。フワフワしていて、弾力がある。何かお手入れをしているのだろうか、肌がすべすべだ。背中には、二つのホクロが並んでいる。こんなことだけでも、愛おしさを感じてくる。
……あれ?
昨日とはちょっと違っている。まだ、いつもの俺ではないが、それに近しい状態になりつつある。
「大好き。本当に、大好き」
「ヴァッシュ……」
彼女を抱きしめながら、夢中でキスをする。彼女も俺の背中に手を廻して、抱きしめてくれている。
……もしかして、いけるかもしれない。
自信はない。だが、何とかなるかもしれないという思いが心の中にあった。俺は、昨日と同じようにして、彼女の肩に手を置いた。
「くっ……あれ? くっ……」
「……大丈夫……大丈夫だから」
彼女の声を聞いたその直後、今まで感じたことのない感覚に包まれた。体中を何か、温かいものが包んでいくような、不思議な、そして、幸せな感覚を覚える。
ヴァシュロンはじっと目を閉じている。俺は、そんな彼女が、たまらなく愛おしく思えて、再び強く彼女を抱きしめた……。




