表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/396

第二百十二話  そして、朝を迎える

夜が明けてしまった。


あの後、しばらく休もうということになり、そのままベッドに横になったのだった。しばらく休めば回復するかと思ったが、それは全くなかった。


ヴァシュロンを抱きしめながら、小さな声で何度も「ゴメン」と呟く。その度に彼女は小刻みに首を振っていた。ただ、こうして肌を合わせて抱きしめ合っているだけで、俺の心は癒されていくのを感じる。何と言うか……。抱き心地が最高なのだ。


当然、女性らしい柔らかさはある。だが、彼女を抱きしめていると、何だか、本当に二人で一つの体になっているかのように錯覚してしまう。本当に、いつまでも抱きしめていたい……。


そんなことを考えていると、いつしか眠ってしまったようで、気が付けば朝になっていた。隣にいるはずの彼女の姿は、すでになかった。


俺はパジャマを着替えてダイニングに出る。そこにも彼女の姿はなかった。風呂にでも入ったのかと思っていると、キッチンの方から何やら音が聞こえる。覗いてみると、一人で一生懸命朝食を作っていた。


目玉焼き……のようなものを作っている。俺は無言で倉庫に降りていき、小袋ヴィーニから新鮮な野菜を取り出す。彼女にもいつの日か、神のアイテムのことを言わねばならない。クレイリーファラーズのことも、俺のことも……。ただ、今はそのときではない。そんなことを考えながら、キッチンに戻る。


……目玉焼きが焦げかけていた。ヴァシュロンは焦りながらフライパンを持ち上げる。


「……」


「いいよ。最初はこんなもんさ」


そう言って俺は目玉焼きを皿に移す。


「……昨日は、ごめん」


サラダを作りながら、呟く。ヴァシュロンは大きなため息をついた。


「何回謝るのよ」


「う……でも……」


「最初は誰にでも失敗はあるってパルテックも言っていたわ。だから、焦る必要はないわ。ただ……」


「ただ、何だい?」


彼女はスッと俺の近くに寄ってきて、その顔を間近に近づけてきた。


「やさしくして」


「え?」


「昨日は……ちょっと、乱暴だったわ」


「う……ごめんなさい」


「あなたがあなたである限り、私があなたを嫌いになることは、神に誓ってないと断言するわ。だから……やさしくして」


「わ……わかった。やさしく、します」


「……それ以外は、よかったわ」


「え?」


みるみる彼女の顔に赤みが差している。よかったって……?


「さ、朝食を食べましょう!」


ツンと首を振りながら朝食をダイニングに運ぶ彼女はとてもかわいらしかった。この人と毎日一緒なのだ。そう思うと、心の中から幸せな感情が湧き上がってくる。


ちょっと焦げた目玉焼きは、意外に美味しかった。そのことを言うと、彼女はチラリと俺に視線を向け、すぐにあらぬ方向に視線を泳がせた。どうやら、褒められてうれしいらしい。


「かわいい……。幸せだ。こんなにかわいい奥さんがいてくれて、本当に俺は幸せだ……」


彼女の顔を見ながら俺は呟く。彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「まだ、サラダが残っているけれど、食べないかい?」


俺の言葉に、彼女はコクリと頷く。俺は苦笑いを浮かべながら、残ったサラダを平らげ、食器類をキッチンに持って行った。


皿洗いをしながら、ふと考える。もし、このままできない状態だったら、どうなるだろうか、と。


そんなことはないと思ってみるものの、次にできるかどうかの保証は全くない。そんなことを繰り返していたら、そのうち彼女は愛想をつかしてしまうのではないか。別に男を作って逃げてしまうのではないか……。そんなことを考えてしまう。


いかんいかんと首を振る。そんなことを考えても仕方がない。なるようになる。なるようにしかならない。


「まだ、昨日のことを考えているの?」


不意にヴァシュロンの声が聞こえてきて、ビクッと体を震わせる。彼女は腕組みをして俺のすぐ傍に立っていた。


「私はあなたのことが大好きだし、あなたも私のことが大好きなんでしょ? それでいいじゃない。一番大事なことだと思うわ」


「……そうだな」


「だから、余計なことは、考えないで」


そう言って彼女は、顔を近づけてきた。そのまま唇が重なる……。幸せな感覚が体の中から湧き上がった。


「ありがとう。確かに、そうだよね」


俺の言葉に、彼女はとてもかわいらしい笑顔を見せた。


◆ ◆ ◆


しばらくすると、パルテックとレークが連れ立ってやって来た。レークはワオンを抱っこしている。


「きゅ~。んきゅきゅ」


屋敷に入るとすぐにワオンは俺のところに走ってきた。いつものように抱っこしてやると、顔を俺の胸にスリスリして、甘えてくる。そんなワオンの頭を優しく撫でる。


レークはいつものように元気よく掃除を始めた。気が付くと、ヴァシュロンとパルテックの姿がない。……きっと、昨日のことを報告しているのだろう。何だか、心が痛くなってくる。


「おはようございます」


突然、屋敷に現れたのは何と、クレイリーファラーズだった。今、朝ですよ? 割と早めの朝ですよ? どうして起きているのですか? と頭の中で質問が湧き上がってくる。そんな俺の肝を察したのか、彼女はピンポイントな質問を繰り出してくる。


「朝食は……もう食べた!? 早すぎませんか? どちらかというと、まだ寝ているかもと思ってきたのに……」


さも、残念そうな表情を浮かべている。どうやら、朝食にありつこうと思っていたらしい。キッチンにはパンと野菜がまだ残っていると言おうとしたそのとき、彼女は顔を近づけてきて、小声で話しかけてきた。


「で、昨日の夜は、どうでした? canできて、doしちゃえた?」


この、心の内から湧き上がる感情は何だろうか。あ、殺意だ。殺意だこれは。うん、そうだ。ついに来たか。人を初めて殺めてしまう瞬間が。お母さん、不肖の息子で、本当に、ごめんなさいでした……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ