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第二十一話 ソメスの実

「おや? これは?」


朝、屋敷の外に出てみると、木が生えていた。俺の腰の高さくらいだが、20本の木が整然と並んでいる。言うまでもなく、数日前に植えたソメスの種だ。


ベアチアトを種の上にかけた次の日には、早くも芽が出ていた。そして、夜が明けるごとにその芽はスルスルと伸びていき、一週間もすると完全に木になっていた。俺はその成長の早さに驚きつつ、明日になればもしかしたら実がなるかもしれないと思いつつ、屋敷に帰った。


事件は次の日に起こった。


朝、いつもの通り裏庭に出てみる。今日は実がなっているかもしれないと思い、心をワクワクさせながら木に近づいていく。


「おおっ! 実がなっている!」


見ると、小ぶりではあるが、ソメスらしき実がなっている。思わずその実に手を触れてみると、それはクシャっとしぼんでしまった。


「え? なにこれ?」


ソメスの実を木からもぎってみる。すると、その実には小さな、抉れた跡のような傷がいくつかあり、果肉はほとんどなく、皮の中には種があるだけだった。


「マジかー。……ってことは!?」


全ての木をチェックしてみる。どの木にもソメスの実がなっていたが、どれも同じように果肉は食い尽くされており、種が残るのみだった。


「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!」


俺の絶叫が畑に響き渡った。



「ちょっ……何ですか、うるさいですね。ヘンなところ触らないでください」


「寝ている場合じゃないですよ! 大変です! 大変なんですよ!」


「何、どうしたんですか? ……まだ朝じゃないですか」


「とにかく起きて、起きてください! ソメスの実が、ソメスの実が……」


「どうしたんです、もう~」


「種だけになっているんです!」


「へ?」


「見てください、これ!」


俺は皮と種だけになったソメスの実を彼女に手渡す。それを見た瞬間、彼女の眼がカッと見開かれる。


「こ……これは」


「中身が全部食べられているんです!」


「何を言っているんですかぁ!」


突然彼女の絶叫が響き渡り、俺は思わずテーブルの上から落ちそうになる。彼女はよっこらせとゆっくりと起き上がり、俺が手渡したソメスの実をまじまじと眺めている。


「このソメスの実に付けられた跡……、間違いない。ラーム鳥のクチバシの跡だわ……」


「ラーム鳥?」


「あなた、ラーム鳥を知らないんですか?」


「……ええ、初めて聞きました」


「はぁ~。ラーム鳥知らないで、よく生きていられますね?」


「……お言葉ですが、クレイリーファラーズさん。俺は別に生きたかったわけじゃありませんよ? どこの誰とは言いませんが、字の汚い天巫女のせいで、生きたくもない人生を生かされているんです。できれば今すぐ天界に帰していただきたいです。そこまでおっしゃるのなら、天界に帰していただけませんか?」


クレイリーファラーズはうううっと、ひるんでいたが、やがて気を取り直して、再び小さなため息をつきながら、口を開いた。


「ラーム鳥というのは、タンラの実を落とす鳥です」


「タンラの実?」


「別名、神のデザートと呼ばれるほどの美味な果物ですね。ソメスもそれなりに美味しいですが、タンラの実はそれ以上です。私はあの実が大好きです。そうですか、ラーム鳥が来ましたか。よかったではないですか」


「よかったって……せっかくのソメスの実を……」


「いいえ、ソメスの実が甘くなるまでは数年かかります。実がなり始めた頃のソメスの実は酸っぱいのです。ただ、酸っぱさが強ければ強い程、数年経って甘くなると言われています。ラーム鳥は、酸っぱいソメスの実を好みます。ということは、何度か繰り返せば、あのソメスはとても甘くなるということです。これは素晴らしいことです。それに、タンラの実がなる可能性もあるのです。こうしてはいられません、早速見に行かなくては」


彼女はハンモックから飛び降りるようにして床に着地し、素足のままで裏庭に向かって行った。俺の後を追ったが、彼女はソメスの木の周りを、まるで犬のようにして這いつくばりながらラーム鳥の糞を探していたのだった。あまりの光景に絶句してしまった俺は、それを見なかったことにして、ゆっくりと屋敷に戻ったのだった。


しばらくすると、泥だらけになったクレイリーファラーズが戻ってきた。その顔には明らかに落胆の色が見え、彼女は手足に付いた泥を落とすことなく、どっかりと椅子に腰かけ、力なく呟いた。


「何よ……全然糞をしていないじゃない。クッソ……」


「あの……クレイリーファラーズさんって、鳥を使役できるんですよね? そのラーム鳥……ですか? それを使役してここに呼びだせばいいんじゃないですか?」


我ながら名案だと思ったが、彼女は大きなため息をつきながら、再び小さな声で呟いた。


「それができるのであれば、やっていますよ。でも、無理です」


「無理?」


「私のスキルじゃ、あんなに賢い鳥は使役できません」


……このポンコツ野郎が、という言葉を必死で飲みこむ。彼女は自分に気合いを入れるかのように、息を一つついて、ゆっくりと立ち上がった。


「まあ、ソメスの実はまた数日後になるでしょう。そのときに期待ですね。あの実が甘くなるまでに何度かチャンスはあるでしょう。最終的にタンラの実がなればいいのです。そう、あの甘い、すばらしく甘いあの味が手に入るのなら、待てますとも。ええ、待てますとも」


彼女は目を輝かせながら視線を宙に泳がせている。そして、そのまま風呂場に消えていった。


クレイリーファラーズの、甘い甘いという言葉を何回も聞いてしまった俺は、甘いものが欲しくなってしまい、その日のおやつに、サツマイモを使った大学芋を作った。我ながら会心の出来で、クレイリーファラーズも大喜びで食べてくれた。


「本当に美味しいですね、これ! これはタンラの実よりも遥かに美味しいですよ! 気に入ったわ。とても気に入りました!」


そんなことを言っていた彼女だが、この日以降も、ラーム鳥の糞が落ちていないかを探すイベントは毎朝続けられたのだった。

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