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第二百七話   花嫁行列

それから三日後。ラッツ村はいつもとは全く異なる雰囲気に包まれていた。まるで、お祭りのようにウキウキとした楽しげな雰囲気の中に、何かピンとした緊張感が漂っていた。それもそのはずで、この村に住む人たちはもちろん、村に滞在している冒険者、商人など、村にいる全員が正装をしていたのだ。


無論、礼服などを持ち合わせていない者も多くいたが、そうした者たちは、自分が持つ一番高価な服やアクセサリーを身に着けるなど、それぞれができる最高の礼装をしていたのだった。


そんな村人たちの大半は今、避難所の館の前に集まっていた。人々が固唾を飲みながら、ある一点を眺め続けている。


朝日が燦々と差し込む、とても気候のいい空気の中、館の玄関の扉がゆっくりと開いた。そこには、一人の老女が立っていた。パルテックだ。


彼女は、目の前に集まっている人々を見て、一瞬、ギョッとした表情を浮かべたが、やがて微笑みを湛えながらゆっくりと一礼をする。何とも洗練されたその動きに、思わず人々は息を呑んだ。


彼女はスッと振り返ると、ちょっと頭を下げたかと思うと、ゆっくりと歩き出した。その彼女の後ろからは、純白のドレスに身を包んだ女性が現れ、パルテックに続いて歩き出した。


人々は思わず嘆息を漏らす。あまりにも、女性が美しかったからだ。


白いドレスを纏っているのは、ヴァシュロンだった。彼女は裾を少し持ち上げながらゆっくりと歩いている。そして、人々の前に出ると、ゆっくりと周囲を見廻して、スッと一礼した。


いつもの彼女は、天然パーマなのだが、この日の彼女はいつもとは様子が違っていた。ポニーテールに結われた髪の毛は、まるで油を塗ったかのように光沢を放ち、しかも、真っすぐに伸びていた。人々の中には一瞬、それがヴァシュロンだと気付くことができない者もいたほどだ。


パルテックとヴァシュロンはゆっくりと歩いていく。行先は……言うまでもなく、領主の屋敷だ。集まった人々はまるで熱に浮かされたかのように無言で、花嫁の後にゾロゾロと付いて歩き始めた。


◆ ◆ ◆


「フホホホホ、少し落ち着きなされ」


にこやかな笑みを浮かべているのは、ハウオウルだ。タンラの木の下、爽やかな風が吹くその中で、小刻みに体をゆすりながらキョロキョロと周囲を見廻している男がいた。この村の領主である、ノスヤ・ヒーム・ユーティンだ。


彼は黒を基調とした軍服のような衣装を纏っていた。これはウォーリアが不休不眠で作り上げた衣装だった。彼はその直前にヴァシュロンの衣装を作っていたため、ここ数日はほぼ、不眠不休で作業をしていることになる。そんな彼は、疲れを微塵も感じさせずに、ノスヤの傍に控えていた。顎に手を当てながら、じっと領主の動きを眺めながら、満足そうに頷いている。


「はああ……ふうう……」


大きく深呼吸を繰り返すノスヤ。その彼のすぐ前には、クレイリーファラーズが控えている。彼女もまた、花嫁と見まごうような格好をしていた。クリーム色のドレスに身を包んでいて、一見すると、彼女がノスヤの妻ではないかと思われる格好だ。これは以前、彼女がウォーリアに告白したときの衣装であり、彼女にとっては、これが一番の勝負服だった。


ノスヤは最初、彼女のこの格好を見たとき、大声で突っ込みを入れそうになった。まずもって、花嫁と衣装が被る。下手をすると、花嫁より目立ってしまう。結婚式に参加する上において、それは絶対に避けねばならないことだった。


花嫁の邪魔をするな! そう言おうとしたとき、彼女の後ろからウォーリアが現れた。着付けを手伝っていたのだ。彼の手前、大声を上げるわけにはいかず、必死で声を飲みこむ。そんなことをしていると、豪華なローブに身を纏ったハウオウルが現れ、レーク一家やヴィヴィト夫婦がやってくるなどして、彼の周囲にはあっという間に人でいっぱいになった。結果的に、彼はクレイリーファラーズに一言も言葉をかけることができず、そのストレスを溜め続けたのだった。彼が落ち着きなくキョロキョロしているのは、何とかして彼女に一言言おうとする気持ちの表れだったのだ。


そんなことをしているうちに、丘の下が俄かに騒がしくなる。ハウオウルが、老人とは思えぬ素早い動きで様子を見に行く。


「おお、花嫁が到着したぞい」


彼は満面の笑みで振り返る。その声に、ノスヤは彼の許に行こうとする。


「ああ、いかんいかん! 楽しみは、最後まで取っておくものじゃ」


にこやかにノスヤの許に戻ってきた彼は、優しく押しとどめる。


彼らは席に着いて、花嫁が現れるであろう玄関の方向に視線を向ける。ヴァシュロンが一歩一歩、屋敷に向かって歩いているのだろう。少しずつ、ざわめきが大きくなってきているように感じる。


しばらくすると、ぞろぞろと村人たちが彼らの前に姿を現した。これほどの人が村にいたのかと思うほどの人数だ。彼らはゆっくりと丘の下を移動しながら、まるで領主屋敷を取り囲むように進んでいる。


ノスヤは戸惑いながらも、ヴァシュロンの姿を探す。だが、それらしき姿はない。と、静かに勝手口の扉が開いていくのが見えた。そこにはウエディングドレスに、ベールを被ったヴァシュロンの姿があった……。

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