表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/396

第二百六話   提案

二人で作ったパスタとサラダは、とても好評だった。パルテックもレークも、ワオンも、美味しい美味しいと言って食べてくれた。そんな皆の様子を見ながら、俺たちは微笑み合う。


昼食後は、まったりとした時間を過ごす……と思いきや、ヴァシュロンは、ダンスの練習をすると言い出した。


「こういうことは、毎日やらなければいけないの。そうしないと、絶対に本番で失敗するわ」


俺は苦笑いをしながら、パルテックと共に庭に出た。そして、老女の手拍子に導かれながら、ヴァシュロンの手を握った。


◆ ◆ ◆


「最初の頃に比べると、ずいぶんと上手になったわ。私の足を踏むことが無くなったわ」


躍り続けること1時間。ようやく、彼女が休もうと言ってくれた。パルテックは屋敷の中で休むと言って、スタスタと行ってしまった。俺たちは顔を見合わせながら、タンラの木の下に、腰を下ろす。


「もしかすると、これも神のご加護なのかしら」


誰に言うともなく、ヴァシュロンが呟く。俺は慌てて彼女に視線を向ける。


「いや、そんなことはない。ダンスが上達したのは俺の努力の賜物だ。本当にパルテックさんと練習したんだから!」


一瞬、キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに彼女はケラケラと笑い始めた。


「アハハ! そのことじゃないわよ。私たちがこうやって出会ったのは、神の思し召しじゃないかって思ったのよ。だってそうじゃない? 出会ってから結婚するまで……まさか、こんな風に進んでいくとは思いもしなかったわ。私が考えていた結婚とは、まるで違っているんですもの」


まあ、確かに。結婚までの道のりはかなり劇的だった。だが、神の思し召しかどうかは、かなりあやしい。一度だけ会ったことがあるが、そんなに気の利くような人には見えなかった。クレイリーファラーズからは、バカでスケベなジジイと散々な評価を得ている人だ。一応神と呼ばれているので、そこまでひどい人だとは思えないが、俺の場合はかなりイレギュラーな人生を歩んでいる。さすがに、俺の恋愛まではコントロールしていないだろうし、そんな気もないじゃないかと思うのだ。


「ちょっと、何? 何を考えているのよ?」


気が付くと、ヴァシュロンの顔が間近にあった。突然のことで思わず固まってしまうが、俺はじっと彼女の目を見つめる。


「どうして黙っているのよ?」


彼女の顔に徐々に赤みが差してくる。そして、ゆっくりと俺から目を逸らした。


「初めてだな、君から目を離したのは」


「……」


「もう一度、顔を見せてくれないか」


俺の声に、彼女はゆっくりと顔を上げる。


「やっぱり、かわいい」


そう言って俺は彼女を優しく抱きしめた。


……こうしていると、とても不思議な気分になる。彼女を抱きしめていると、もっと頑張ろうという気持ちになる。とても、前向きになれるのだ。今まで全く恋愛をしたことのなかった俺なので、そうしたことはよくわからないのだが、よく街中で抱き合っているカップルを目にして、何でこんな恥ずかしいことを堂々とするのかと不思議だったが、なるほど、こんな気分になれるのなら、その気持ちはわからなくもない。


そんなことを考えながら、俺はゆっくりと体を離す。彼女は恥ずかしさのために、耳まで真っ赤にして俯いている。


「おおご領主! ここにおられたか」


機嫌の良さそうな声が聞こえる。視線を向けると、そこにはハウオウルが立っていた。


「ああ、これは先生」


「お楽しみのところじゃったかな?」


「いいえ、そんな」


さっきのことが見られてしまったか……? 何となく、恥ずかしい。ハウオウルはニコニコと笑みを浮かべている。


「いやなに、今日伺ったのは、村人たちからの提案がありましてな」


「提案ですか?」


「ご領主とお嬢ちゃんの結婚のことじゃよ」


「はあ……」


「もしかして、どこぞで式を挙げるのか、決まっておるのかの?」


「いいえ。全く……」


「そうか。それなら、この屋敷で式を挙げればよい」


「ここで、ですか?」


「そうじゃ。本来、貴族は教会などで式を挙げるものじゃが、ご領主の場合は……こう言っては失礼じゃが、貴族の仕来りなど全くお構いなしで話を進めておいでじゃ。こうなったら、徹底的に、この村独自の結婚式をやってはどうじゃと思ったのじゃよ」


ハウオウルはカッカッカと呵々大笑する。そして、とても優しい表情を浮かべながら、スッと顎をしゃくる。


「ほれ。この村には、神の加護があるじゃろう? あの木の下で、式を挙げたらどうじゃな? まさしく、神の祝福を受けての結婚となるじゃろう? 後々、色んな意味でよい方向に働くと思うがの」


「は……はあ。ちょっと待ってください」


俺は彼から離れてヴァシュロンの許に向かう。彼女は立ち上がって、俺たちを怪訝な目で眺めていた。


「すまない、ちょっと相談なんだ」


「どうしたの?」


「俺たちの結婚式だけれど……」


彼女の体がピクッと動く。


「このタンラの木の下で、俺たちの式を上げないか? 神の祝福を受けた木の下で結婚式を挙げる……。俺たちも神の祝福を受けることができるだろうし、他の人たちにも、そう見てもらえると思うんだ……」


彼女はじっと俺を眺めていたが、やがて、顔を真っ赤にして、小さな声で呟いた。


「そうしていただけると……嬉しゅうございます……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ