第二百六話 提案
二人で作ったパスタとサラダは、とても好評だった。パルテックもレークも、ワオンも、美味しい美味しいと言って食べてくれた。そんな皆の様子を見ながら、俺たちは微笑み合う。
昼食後は、まったりとした時間を過ごす……と思いきや、ヴァシュロンは、ダンスの練習をすると言い出した。
「こういうことは、毎日やらなければいけないの。そうしないと、絶対に本番で失敗するわ」
俺は苦笑いをしながら、パルテックと共に庭に出た。そして、老女の手拍子に導かれながら、ヴァシュロンの手を握った。
◆ ◆ ◆
「最初の頃に比べると、ずいぶんと上手になったわ。私の足を踏むことが無くなったわ」
躍り続けること1時間。ようやく、彼女が休もうと言ってくれた。パルテックは屋敷の中で休むと言って、スタスタと行ってしまった。俺たちは顔を見合わせながら、タンラの木の下に、腰を下ろす。
「もしかすると、これも神のご加護なのかしら」
誰に言うともなく、ヴァシュロンが呟く。俺は慌てて彼女に視線を向ける。
「いや、そんなことはない。ダンスが上達したのは俺の努力の賜物だ。本当にパルテックさんと練習したんだから!」
一瞬、キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに彼女はケラケラと笑い始めた。
「アハハ! そのことじゃないわよ。私たちがこうやって出会ったのは、神の思し召しじゃないかって思ったのよ。だってそうじゃない? 出会ってから結婚するまで……まさか、こんな風に進んでいくとは思いもしなかったわ。私が考えていた結婚とは、まるで違っているんですもの」
まあ、確かに。結婚までの道のりはかなり劇的だった。だが、神の思し召しかどうかは、かなりあやしい。一度だけ会ったことがあるが、そんなに気の利くような人には見えなかった。クレイリーファラーズからは、バカでスケベなジジイと散々な評価を得ている人だ。一応神と呼ばれているので、そこまでひどい人だとは思えないが、俺の場合はかなりイレギュラーな人生を歩んでいる。さすがに、俺の恋愛まではコントロールしていないだろうし、そんな気もないじゃないかと思うのだ。
「ちょっと、何? 何を考えているのよ?」
気が付くと、ヴァシュロンの顔が間近にあった。突然のことで思わず固まってしまうが、俺はじっと彼女の目を見つめる。
「どうして黙っているのよ?」
彼女の顔に徐々に赤みが差してくる。そして、ゆっくりと俺から目を逸らした。
「初めてだな、君から目を離したのは」
「……」
「もう一度、顔を見せてくれないか」
俺の声に、彼女はゆっくりと顔を上げる。
「やっぱり、かわいい」
そう言って俺は彼女を優しく抱きしめた。
……こうしていると、とても不思議な気分になる。彼女を抱きしめていると、もっと頑張ろうという気持ちになる。とても、前向きになれるのだ。今まで全く恋愛をしたことのなかった俺なので、そうしたことはよくわからないのだが、よく街中で抱き合っているカップルを目にして、何でこんな恥ずかしいことを堂々とするのかと不思議だったが、なるほど、こんな気分になれるのなら、その気持ちはわからなくもない。
そんなことを考えながら、俺はゆっくりと体を離す。彼女は恥ずかしさのために、耳まで真っ赤にして俯いている。
「おおご領主! ここにおられたか」
機嫌の良さそうな声が聞こえる。視線を向けると、そこにはハウオウルが立っていた。
「ああ、これは先生」
「お楽しみのところじゃったかな?」
「いいえ、そんな」
さっきのことが見られてしまったか……? 何となく、恥ずかしい。ハウオウルはニコニコと笑みを浮かべている。
「いやなに、今日伺ったのは、村人たちからの提案がありましてな」
「提案ですか?」
「ご領主とお嬢ちゃんの結婚のことじゃよ」
「はあ……」
「もしかして、どこぞで式を挙げるのか、決まっておるのかの?」
「いいえ。全く……」
「そうか。それなら、この屋敷で式を挙げればよい」
「ここで、ですか?」
「そうじゃ。本来、貴族は教会などで式を挙げるものじゃが、ご領主の場合は……こう言っては失礼じゃが、貴族の仕来りなど全くお構いなしで話を進めておいでじゃ。こうなったら、徹底的に、この村独自の結婚式をやってはどうじゃと思ったのじゃよ」
ハウオウルはカッカッカと呵々大笑する。そして、とても優しい表情を浮かべながら、スッと顎をしゃくる。
「ほれ。この村には、神の加護があるじゃろう? あの木の下で、式を挙げたらどうじゃな? まさしく、神の祝福を受けての結婚となるじゃろう? 後々、色んな意味でよい方向に働くと思うがの」
「は……はあ。ちょっと待ってください」
俺は彼から離れてヴァシュロンの許に向かう。彼女は立ち上がって、俺たちを怪訝な目で眺めていた。
「すまない、ちょっと相談なんだ」
「どうしたの?」
「俺たちの結婚式だけれど……」
彼女の体がピクッと動く。
「このタンラの木の下で、俺たちの式を上げないか? 神の祝福を受けた木の下で結婚式を挙げる……。俺たちも神の祝福を受けることができるだろうし、他の人たちにも、そう見てもらえると思うんだ……」
彼女はじっと俺を眺めていたが、やがて、顔を真っ赤にして、小さな声で呟いた。
「そうしていただけると……嬉しゅうございます……」




