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第二百五話   濃い料理

不思議な光景がそこにあった。パルテックは、その光景を生涯、忘れることはなかった。


ヴァシュロンは、腐っても公爵令嬢だ。妾腹の子供であるとはいえ、リヤン・インダーク家の唯一の姫なのだ。そのため、幼い頃から何不自由なく暮らしてこられた。そんな彼女は、今は何とキッチンに立ち、難しそうな顔をしながら、必死でサラダを作っている。これが、実家の旦那様や奥様がご覧になったら、さぞ驚くであろう……。下手をすると、旦那様などは、剣を抜くかもしれない。そんなことを考えると、目の前の光景が、見てはならないようなものに感じさえするのだ。


幼い頃から、自分でやらねば納得しない性格だった。興味のある物には、何でも飛びついた。その類まれなる行動力には、何度手を焼いたかわからない。だが、姫様はどんな結果に終わろうとも、必ずそこから何かを学んでいった。その柔軟な思考力と理解力は、必ずこの姫様を幸せに導くだろう……。パルテックは、彼女の両親や周囲の者たちから、どのような批判を受けようとも、ヴァシュロンの行動を制限することはせず、ひたすら温かく見守り続けた。


だが、今回はさすがの彼女も腰が抜けるほどに驚いた。まさか、隣国……。敵国たるリリレイス王国に一人で赴くとは思わなかった。国境を接するラッツ村の領主については、噂は聞いていた。だが、神の加護を受けているという噂を真に受けて、姫様が本当に行動を起こすとは思いもよらなかったのだ。


彼女の姿が消えたと、屋敷中が大騒ぎになる中、彼女は姫様が向かったのはラッツ村であると、直感した。慌てて後を追うと、案の定、彼女は領主の屋敷にいた。何とか連れ戻してみたが、今度は旦那様が激怒してしまい、すぐに輿入れをさせると言い出した。そして、二度目の家出……。


こんな向こう見ずな行動ばかりしていて、よく命があったと思う。しかも、姫様の隣にいる男は、実に穏やかで頭のいい人物だ。この人ならば、姫様を幸せにできるかもしれないと思っていた矢先、二人は結婚することになった。何とも強い運命を感じる。


だが、さすがのパルテックをして、二人が和気藹々と料理をするなどということは、全く想像することができなかった。だが、その一方で、この二人はどんな家庭を築くのか、おそらく、今までの貴族とは全く異なる家族となるだろうことは、容易に想像できる。二人が作る家族の在り様を、彼女は見てみたいという思いも強くしていたのだった。


◆ ◆ ◆


「よし、こんなもんでいいだろう」


俺は、ソースの味を見ながら、満足げに頷く。玉子と牛乳、小麦粉と調味料だけだが、何とかそれに近い味を作ることができたのだ。濃い目の味付けだが、パスタには合うだろう。


そんな俺の横で、ヴァシュロンはサラダを作っている。野菜を刻み、盛り付けているだけだが、彼女の包丁さばきは、まだまだ覚束ない。それでも、何とかサラダらしいものを作り上げることができたので、上出来と言える。


「こんなもんでどうだろう?」


俺はスプーンでソースをすくい、フーフーと冷ましてから、ヴァシュロンに差し出す。彼女はキョトンとした表情を浮かべながら、俺からスプーンを取ろうとする。


「いやいや、そうじゃなくて。口を開けてごらんよ。あーん」


「……子供みたい」


「いいじゃないか。あーん」


彼女はゆっくりと口を開ける。そして、スプーンを口に含む。


「……ちょっと濃いかしら。でも、このくらいの方が美味しいかも」


「よかった。じゃあ、これでいこう。あとはパスタが茹で上がるのを待つだけだ」


俺は鍋の中でグラグラと煮えているパスタに視線を向ける。もう少し、時間が必要であるようだ。


「……ねえ、一つ聞いていい?」


「何だい?」


「やっぱり……これまで、毒殺されかかったことが、何度かあったの?」


「うん? どういうこと?」


ヴァシュロン曰く、皇帝を始めとする高級貴族は暗殺されることが多いのだという。剣などで襲われることももちろんあるが、毒殺されることも割合多いのだという。正直、俺は知らなかったことだ。今まで毒を盛られたことは一度もない。もっとも、毒女を押し付けられたことはあるのだが。


「自分で料理を作っているから、てっきり毒殺されかかった経験があると思っていたわ」


「いや、この屋敷に来たときは、誰も居なかったからね。自分でやるしかなかったんだよ」


「それなら、あの家庭教師にさせればいいじゃない。村人の誰かにさせればいいと思うのだけれど」


「う~ん。自分でやった方が早いなと思ったんだよ」


「不思議な人ね……。一体、誰に料理を習ったの? もしかして、乳母が教えてくれたの?」


「乳母ぁ!? ああ……うん……ええと、婆ちゃん……そう、パルテックさんみたいな人が、教えてくれたんだよ」


「へえ~。そのバアチャン……って人、変わっているわね」


「いや、教えてくれたというわけじゃないな。俺は婆ちゃんが大好きだったから、ずっと傍に付いていたんだ。で、婆ちゃんが料理をするときも、ずっと傍について見ていたんだ。別に料理をやりはしなかったけれど、手順を覚えることはできた。婆ちゃんの通りにやってみたら、ある程度の料理ができあがったってわけさ」


「ふぅ~ん。ということは、この卵のソースが濃いのは、その方の影響なのね?」


「いいや、それはヴァシュロンの影響だよ」


「私? どういうことかしら?」


「君(黄身)に恋(濃い)してるからさ」

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