第二百四話 決着
ウォーリアは、にこやかにダイニングに入ってきた。そして、クレイリーファラーズに声をかける。
「さあ、荷物をまとめましょうか」
「え?」
「本日、お住まいを移られると聞きました。私の店の隣とは……。あなたとご近所になれるのは、嬉しい限りです。及ばずながらお手伝いさせていただきます」
「ま……待ってください。そんな、いきなり……」
「あ、ウォーリアさん、俺も手伝いましょう。いえいえ、大丈夫です。荷物はほとんどありません。この袋に入っているものが全てです」
そう言って俺は、大きな袋を取り出す。彼は一瞬、驚いた表情を浮かべたが、やがて、いつもの柔和な顔に戻った。
「あの……家具などは……。お使いの食器などもあろうかと思いますが……」
「それらは全て、新調します」
「え?」
「ウォーリアさんにお願いしたいことがあるのです。お忙しい中、恐縮ですが、クレイリーファラーズさんと村を廻り、彼女が住むにふさわしいベッド、家具……その他諸々のものを彼女と一緒に揃えて欲しいのです。代金は全て俺が支払います」
「し……承知しました。それでは……先に、その袋を運んでおきましょうか。あとでまた、参ります」
「いや、またここに引き返してくるのは、大変でしょう。大丈夫です。彼女をあなたのお店に向かわせますから。あ、もしかしたら、今日はお店を休みにしなくてはいけないかもしれません。今日の売上の予定がわかるのであれば、俺立て替えます。遠慮なく言ってください」
「そんな……結構です。お気持ちだけで十分です」
彼は少し困惑しながら、屋敷を後にしていった。俺はレークに、村に行って卵を買ってくるように伝える。彼女は元気よく返事をして、屋敷を出て行った。
「何のつもりです?」
「ウォーリアに持たせたのは、小手の一つだ。中には食事が入っている。これで飢えることはないし、部屋が汚れることもない。全部、袋の中に入れてしまえばいいんだから」
「お金は?」
「ウォーリアにいくらか預けておこう。今後は、彼からお小遣いを貰うんだな」
「……」
「何ちゅう目をするんだ。家具も服も、好きなものを買っていいと言っているんだ。それに、あなたの好きなウォーリアさんとの二人っきりのデートをお膳立てしたのですよ? その彼と隣同士……。これほどの厚遇はないでしょう」
「……ううう」
「ウォーリアさんに断りを入れましょうか?」
俺の言葉に、彼女は諦めたように首を振った。
「あなたには感謝をしています。この世界に転生してから、右も左もわからなかった俺を、陰になり日向になり支えてくれた恩は、忘れていないつもりです。別にこの屋敷を出たからと言って、絶縁したわけではありません。たまになら、オヤツを差し入れましょう。それで、どうでしょうか?」
「毎日?」
「いや……そこまで暇ではないから……」
「ではこうしましょう!」
クレイリーファラーズは立ち上がる。その目が何か、怖い。
「毎日このお屋敷に通います」
「へ?」
「ほら、レークだって毎日通って来ているじゃありませんか。それに、あのババア……。パルなんとかっていう人も、どうせ毎日通ってくるんでしょ? それに、あのハウオウルっていうスケベジジイも、気が向いたら通って来ているじゃありませんか。私一人が来ても、何の問題もないはずです」
いや、レークたちはそれなりに通ってくる理由があるだろうが。あなたの場合は、ただメシを食べたいだけじゃないか……。そんなことを心の中で思いながら呆れていると、玄関が開く音がした。
「こんにちは」
ダイニングに入ってきたのは、ヴァシュロンだった。パルテックも一緒だ。彼女は立ち尽くしているクレイリーファラーズに一瞥をくれる。
「どうしたのよ?」
「いや……」
俺はこれまでの顛末を語って聞かせる。彼女は黙って聞いていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「別にいいんじゃないかしら? 賑やかな方がいいと思うわ。それに、このお方も、あなたのことが心配なのよ。ずっと一緒にいられて、少し離れたいと思う気持ちはわかるけれど、毎日顔を見に来るくらいはいいと思うわ」
「そうか……君がそう言うなら……」
俺はクレイリーファラーズに視線を向ける。彼女は鼻の穴を膨らませながら、大きく頷いている。
「では、私は行きますね。今日は、気合を入れて金を使いますよ!」
腕をぐるんぐるん廻しながら、屋敷を後にする。その様子を俺たちは茫然と見送った。
「……一体、何なのかしら?」
ヴァシュロンが小首をかしげている。俺は咳払いをして、話題を変えようと口を開く。
「ところで、今日は随分と早いな。どうしたんだい?」
「お昼を作ろうと思ったのよ」
「お昼? まだ朝だぞ?」
「作るのに……時間がかかるのよ」
そんな彼女の様子を、パルテックは微笑ましそうに眺めている。そして、俺と目が合うと、ゆっくりと頭を下げた。どうやら、彼女は早く屋敷に行こうと急かしたようだ。
「じゃあ、一緒に作らないか?」
「……」
「実は、レークに卵を取りに行かせているんだ。今日はそれで、パスタを作ろうと思っていたんだ」
「卵でパスタ?」
「ああ。美味しいと思うんだ。よかったら、一緒に作ろうよ」
「……そうね。二人で作った方が、早そうよね」
そう言って彼女はニコリと笑った。その表情は、とても幸せそうに見えた……。




