第二百二話 私はどうなるの!?
「一体何を食えば、そんな考え方になるんだ? 昨日の夜、何を食った?」
怒りが収まらない俺は、クレイリーファラーズに食って掛かる。彼女は目をギュッと閉じ、両手を耳に当てて、俺の声が聞こえないようにしている。
「大きな声を出さないでください。びっくりするでしょうが」
「あのなぁ。大きな声も出したくなるだろう? 一服の清涼剤って、どの口が言うとるんじゃ!」
「……ナサイ」
「何だって?」
「ごめんなさい」
「素直に謝ればいいんだ」
そう言って俺は、ゆっくりと息を吐く。彼女も大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出している。
「さ、今日はもう遅いですから、寝ましょうか」
「待て。話は終わっていない」
「何です?」
「いつ、出ていくんだ?」
「その話は、また改めてでいいじゃないですか」
「いや、俺としては、明日にも出て行ってもらいたいのですよ」
「あ、明日ぁ!?」
「今すぐでも構いません」
「あのですね……」
彼女はズイッと俺に体を傾けてきた。目が少し座っている。
「この屋敷を出て行ったら、私はどこに住むのですか? 朝・昼・夜の食事は? オヤツは? おイモは? 大学芋は? フライドポテトは?」
「知らん。自分で探せ。自分で作れ」
「せめて、部屋が見つかるまでの間……」
「ドニスさんとクーペさんの店があるでしょう? そこで寝起きすればいい」
「あそこは私の持ち物じゃありません!」
「じゃあ、避難所に行けばいい。空いている部屋はいくつかあるはずだ」
「本気で言っているのですか?」
「ええ。真面目に言っています。明日まで期限を設けます。明日までに出て行ってください」
「そんな無茶な……」
「無茶って、あなたの荷物はそんなに多くはないでしょう? 服くらいでしょう」
「何を言っているんですか! 神から授かったアイテムを持って出なきゃいけないわ。あなたに渡すものですか! あのアイテムの使い方がわかっているのは、私だけですから!」
「それなら、別の場所に移しました」
「へ?」
「いくつかは必要な物がありますので、それは俺が使います。その他のものは……追い追い使い方を調べていきます。確かに、あなたがいた方がいいでしょうが、これまであなたがいなくても、特に何の問題もなく暮らしてきましたので、大丈夫だろうと判断しました」
「ひどい! ひどいわ!」
「どっちがひどいんだよ」
「恩を忘れてよくもそのような……。この世界で生きてこられたのは、誰のお蔭?」
「そもそも、この世界に転生させてくれと頼んだ覚えはない」
「誰のおかげで結婚できたと思っているんですか! 私が背中を押したからでしょ?」
「今、思い出したわ。アンタまじでクズだな? あの『ハンカチを開いてください』っていうセリフ。あとでパルテックさんに聞いたけれど、あれ、俺の前で股を開けって意味だそうじゃないか? 娼婦を買うときに使う隠語だって言うじゃないか。そりゃ、ヴァシュロンは怒るよ」
「CanしてDoできるチャンスだったじゃないですか? だからそうアドバイスしたのです」
「結果的に彼女は怒ったじゃないか。それに泣いていただろうが」
「結果的に結婚できたのですから、いいでしょう!」
……イライラする。何でこんなにイライラするのだろう。いや、落ち着け。ここで俺が怒ってしまっては、まとまる話もまとまらなくなる。
俺は大きく深呼吸をする。吸って、吐いて。吸って、吐いて……。よし、落ち着いてきた。
「ウォーリアさんの店の隣って、空き部屋だったですよね? そこに住まれては」
「……」
「俺から、ウォーリアさんにお願いしておきます。クレイリーファラーズさんをよろしくと」
「……もう一声」
「もう一声だぁ??」
「食事とオヤツはここで摂ること。それを許していただければ……」
「却下」
「じ……じゃあ、部屋に届けてください」
「却下」
「ひどい! ひどいわ! 天巫女ですよ? この天巫女ちゃんが一人で暮らさなければならないなんて! 欲情した男が部屋に乱入して来たらどうするのですか! なすすべもなく私は男に蹂躙されるしかないのですよ? そうなると、毎日毎晩、私はその男に組み敷かれることになるのですよ? そんなこと、神が許しませんし、あなた自身にも罰が下ることになるのですよ!」
「俺に罰が下るのなら、その前に、あなたに罰が下らねばなりませんね?」
「何ですって?」
「ちなみに、ウォーリアさんの隣を勧めたのは、そうならないようにという配慮もあります。それが嫌なら、自分で住む場所を当たって下さい。期限は、明日の16時です。それ以降は待ちません。期限を過ぎると、あなたの荷物は強制的に土に埋めます」
そう言って俺は席を立ち、自室に帰った。クレイリーファラーズは外で何やら泣き言を言っていたようだが、一切無視した。ふとベッドを見ると、すでにワオンが眠っていた。あれだけ激しいやり取りをしたにもかかわらず、目を覚ましていないところをみると、よっぽど疲れていたらしい。
「そう言えば、今日は本当に疲れた一日だったな。俺も寝るか……」
俺はクリーンの魔法をかけ、早々にベッドに入った。そこから眠りに就くのは、ほんの一瞬のことだった……。




