第二百一話 話し合い
「私への話って、何でしょうか? まず先にお話を伺いましょうか?」
「いや、俺の話はすぐに終わります。あなたから、どうぞ」
クレイリーファラーズは、目を見開いたまま、ゆっくりと頷いている。何ちゅう顔をしていやがるんだ。
「もう、DOした?」
「は? 何?」
「もう、DOしたかって聞いているのです」
「ドゥーの意味がわからないです」
「ということは、まだってことですか? まどろっこしい」
彼女は首を左右に振りながら、大きく息を吐き出す。
「まあ、いいでしょう。あなたの場合は私が欲望を抑えていますからね。そうなっても仕方がないでしょう。で、いつですか?」
「……わかるように説明してもらえますか?」
「察しの悪い男だわ……」
……叩きたい。思いっきりグーで叩きたい。いや、むしろ思いっきりブン殴ってやった方が、彼女のためになるんじゃないか? そんなことすら考えてしまう。そんな俺の様子を察したのか、彼女はため息をつきながら、ゆっくりと話し出す。
「結婚するんでしょ? だったら、男と女、することは決まっていますでしょ? もうヤッたのかって話ですよ」
「……ご想像にお任せします」
「もしかしてまだ? まだなの?」
「うるさいな。一体何の関係があるんだ」
「ねえ、キスは? キスはしたのですか?」
「ほっぺにチューくらいです」
「ほっぺにチュー! ヤダ、かわいい! 今どき、小学生でもしないわ! もう、二十歳も超えた男がほっぺにチュー!」
ドン!
俺は思わずテーブルを叩いていた。そんな俺の態度に、クレイリーファラーズはビクっと体を震わせている。
「マジで殺されたいのか、お前?」
「そ……そんな怖い顔をしなくてもいいじゃないですか……」
「お前の話の趣旨は、何だ。早くそれを言え」
「わかりました」
彼女は居住まいを正して、コホンと咳ばらいをして、再び俺に視線を向ける。
「いえね、あの娘……。ヴァシュロンさんとご結婚と聞きましたから、心配なったのです」
「何が?」
「私は、あなたの性欲を押さえているのです。今の状態では、あなたは彼女を自分のモノにしようとする欲望はほとんどないはずです。おそらく、抱き合ったり、キスしたりするくらいで、かなり満足なはずです。言ってみれば、今のあなたは、小学生……もしくはそれ以下の、お子ちゃまの恋愛状態なのです」
「……」
確かに、ヴァシュロンをベッドに引きずり込んで……という欲望はなくはないが、本気でそれをしようとは思わない。むしろ、抱き合えるだけでとても幸せだし、ほっぺにキスをされるくらいで、十分幸せを感じられている。
「いや、あなたが今のままでいいというのであれば、それはそれでいいですけれども……。そういうわけにはいかないでしょ? だから、いつ、あなたの欲望を開放しようかと、それをお聞きしようと思ったのです。正直、今の状況はどんな感じですか?」
「今は抱きしめ合うくらいです。キスも……ここではイヤだと。結婚式のときの誓いのキスまでは、と考えているみたいです。今のところはそんなところです……って、何がおかしいんだ?」
クレイリーファラーズの口元がピクピクと動いている。必死で笑いをこらえているようだ。
「ブッ……。今のご時世でそんな……。体の相性を確かめないで……」
彼女はしばらく俯いていたが、やがて、再び真剣な表情を浮かべて俺に視線を向けてきた。
「まあ、人それぞれですからね。お互いがいいならばそれでいいでしょう。で、いつ開放します?」
「それって、時間がかかるものなのか?」
「いいえ。数分あれば十分です」
「あ、そう……。それじゃ、結婚式が終わってからでいいです」
「え? いいの? マジで?」
「いいも悪いもない。彼女はそれを望んでいないんだ。だったら、今、そんなことをしない方がいいでしょう」
「はあ~。わかりました。で、いつ結婚式を挙げるのですか?」
「まだ決まっていません。王都に行かねばなりませんし、諸々のスケジュールや準備が必要ですから……」
「早い方がいいんじゃないですか? あんまり遅くなると、あの娘、浮気するかもしれませんよ……って、冗談ですよぁ。冗談。そんな怖い顔しない。笑って、笑ってぇ」
コイツ、本当に天巫女か? 神に仕えているんだよな? 何でこんなにゲスい女が神に仕えていられるのだろうか? 一度、神とは人気のないところで二人っきりで話をしてみたいものだ。
「で、あなたのお話って何でしょうか?」
「ええ、俺の話は簡単です。俺の結婚に協力して欲しいのですよ」
「ええいいですよ。そのくらいのことなら。私にできることがあれば、言ってください」
「そうですか。そう言っていただけると話が早い。お願いと言うのは他でもありません。この屋敷を出ていって欲しいのです」
「は?」
「いや、だから。出ていけって言ってんだよ」
「ちょっと……意味がわからない」
「考えればわかるだろうが。例えばですよ? あなたがウォーリアさんと結婚したとして、そこに俺が居座ったら、どう思います? ね?」
「……チョー邪魔です」
「でしょ? だから言っているんです。あなたがここを早く出ていけばいくほど、俺と彼女の結婚は早まります。俺たちの幸せのために、是非、出ていってください」
「あの……姿を消すことができますが……」
「あのねぇ……。あなたが俺たち新婚夫婦の家に居座ることに、何のメリットがあるのです?」
「……一服の清涼剤くらいにはなるかと」
「今すぐ出て行けぇぇぇぇぇ!!」
これまで抑えていた怒りを爆発させた俺の大声が、屋敷の中に響き渡った。




