第二十話 土遊び
俺は今、地面に手を突きながら眉間に皺を寄せている。その後ろでは、クレイリーファラーズが、退屈そうな表情を浮かべながら大きなあくびをしている。
寒さがようやく和らぎ、大地を覆っていた雪が溶けだした。まだ、屋敷の周囲には雪が残るが、裏庭の大半は既に雪が溶けていた。俺はそこに自分専用の畑を作ろうと思ったのだ。
事は数日前に遡る。毎回、屋敷に薪を運んでくれるティーエンが、森の中で見つけたと言って、果実を10個ほどくれたのだ。ソメスという果物で、小さなひょうたんのような形で、緑色のちょっと毒々しい色をしているが、とても甘いものだという。早速食べてみたのだが、これが実に美味しい。俺がこれまで食べたどのフルーツよりも甘く、そして旨味の凝縮された果物だった。
聞けばソメスという果物は、なかなか見つけられない果物であるらしい。山の中にちょっと開かれた、日当たりのいい所に、人の膝上くらいの高さの木が生えている。それがソメスの目印なのだそうだ。かなり条件的に生育するのが難しい希少種らしく、市場にはほとんど出回らないのだという。そんな貴重なものを持って来てくれるとは、ティーエンは何といい人なのだろうと感動してしまう。
お金を払おうとしたのだが、彼は、お金はいいという。まだまだ家にありますからと言って、笑顔で帰ろうとするところを無理やり押しとどめて、大量の小麦を持って帰ってもらった。
このソメスには、大きめの種が二つ入っており、テーブルの上には、20個の種が残っていた。
「この種、このまま捨てるのは勿体なくないかな?」
「どうするつもりですか?」
「いや、屋敷の裏庭に植えてみたら、育つんじゃないかなと思ったんだ」
「ソメスの栽培はとても難しいのですよ? まず日当たりのいい場所で、寒暖の差が激しい所というのが絶対条件のはずです。そんな都合のいい所はなかなかありませんよ」
「いや、この屋敷ってそうじゃないですか?」
「……まあ、裏庭は何もないですからね。日当たりは良好ですね。ただ、豊富な養分のある土でないと育ちません。この裏庭は……雑草ばかりで、とても豊富な土壌とは言えません」
「なら、俺が出してみる」
「え?」
「土魔法で出してみます」
そう言って俺は裏庭に出たのだった。
土に触れてみると、この土がどのようなものであるのかの情報が頭の中に湧き上がってくる。どうやらこの土地は地面が固く、養分も少ないために、作物を育てるには適していないようだ。
そこで俺はこの土を掘り返してみることにした。掌から、魔法の範囲を決め、そして、地面が柔らかくなるようにイメージをする。そして、発動。
……一瞬、地震のような弱い揺れがあったが、俺が魔法をかけた部分、約30メートル四方が茶色い土に変色していた。だが、これだけではいけない。土の養分が圧倒的に不足している。
俺は変色している部分に、養分が豊富に含まれている土を出していく。そして再び地面に手をつけ、掘り起こした部分を、もう一度混ぜる。
「これならどうでしょうかね?」
「さあ、私にはわかりませんけれども、植えるだけ植えてみてはどうでしょうか」
そんな会話を交わしつつ俺は、ソメスの種を等間隔に植えていく。ダメで元々、上手くいったらいったでそれはそれで儲けものだ。
それにしても、予想以上に土魔法が上手くいってくれた。この能力は今後、使えるかもしれない。
そんなことを思いながら俺は屋敷の中に入る。すると、クレイリーファラーズが、何かを思い出したかのように突然口を開いた。
「そういえば……。ベアチアトってなかったでしたっけ?」
「ベアチアト?」
「成長促進剤です。神の小手の中に入っていませんでしたか?」
そんなことを言いながら彼女は、神の手の中を覗き込む。そして、一つの白い袋を取り出して、中を改めていく。
「ええと……これは、回復薬……。これは……MP回復……」
袋の中から小瓶がいくつも出てくる。中身は液体のようで、そのどれもがきれいに色分けされている。
「これは……なんだかわからないわね。これは……あっ、これです、これこれ」
クレイリーファラーズが、歓喜に似た声を上げる。見るとその手には黄色の液体が入った小瓶が握られている。
「これがベアチアトです。成長促進を促す薬ですね。これって用途がないと思っていたのですが、あのソメスに使えませんか? 来年の冬まで待つのなんて、面倒くさいじゃないですか?」
「ええ、まあ……」
「これを見たとき、あのジジイは何でこんなものを入れたのか、理解に苦しんだんですよね。ついにアホになったのかと思いました。いやむしろ、アホをこじらせて100年先まで寝込めばいいと思いましたが、意外に使い道がありましたね」
いつもの毒舌が炸裂している……。俺は苦笑いを浮かべたまま、彼女を見つめる。
「これ、使ってみてはいかがですか? うまくいくかどうかがすぐわかりますよ? きっと、振りかければ2~3日で成長するはずです」
「ええ……やってみます」
「あ、この瓶の中身は無くなりませんから安心してくださいね。神の小手に入れておけば、すぐ元通りになりますから」
「わかりました」
「結構、色んな薬が入っていますね。時間を見て確認しましょうか。あのジジイのことです、とんでもないものを入れている可能性がありますから」
「はい……」
「はあ、ジジイのことを考えていたら、お腹がすいてきちゃいました。ノスヤさん、今日はなんだか、サクサクが食べたい気分です」
「サクサク?」
「ほら、この間作ってくれた、サクサクするやつです」
「あー揚げ物ですね。……わかりました。では野菜と、今回は肉も揚げてみましょうか」
「なんだか美味しそうですね」
「美味しいと思います。ただ、肉を揚げるとなると卵が必要になるな……。村で買いましょうか」
「いいですね! 沢山作って下さい! 早速村に行きましょう!」
クレイリーファラーズが、笑顔になっている。彼女にしてみれば最大級に喜んでいるのだろうが、相変わらず目は全く笑っていない。
俺は不気味さを感じながら、彼女に促される形で、いそいそと出かける準備をするのだった。




