第百九十九話 めでたい
「……」
クレイリーファラーズは、無言で食事を摂っていた。彼女の目の前には、一心不乱に鋏を操る一人の男がいた。彼女はその彼に呆れた眼差しを向けつつ、目の前に用意された食事を淡々と口に運ぶ。
気が付けば、ウォーリアの店に来ていた。早朝であるために、彼の店はまだ開いていない。だが、神のいたずらか、彼女が店に着いた瞬間、まるで待っていたかのように扉が開いた。
「やあ、これは……クレイリーファラーズさん」
「あ、こんにちは」
ウォーリアはにこやかに彼女を迎える。その屈託のない笑顔は、心をときめかせるものがあった。
「えっと……あの……」
「どうしました?」
クレイリーファラーズの様子がいつもと違うことを瞬時に察した彼は、すぐに彼女を店の中に招き入れる。
「何か……ありましたか?」
「いいえ……その……」
「言いたくないことであれば、言わなくても結構です。ただ……力になりたいと思ったのです」
「ありがとうございます。実は、ノスヤ……様とヴァシュロン様がお屋敷で……抱き合っているところを……」
「本当ですか!? 本当に、本当なのですか!?」
ウォーリアは目を丸くして驚いている。そして、ゆっくりと立ち上がる。
「よかった! よかった! お二人は絶対にお似合いだと思ったのです! そうですか! お二人の恋が成就しましたか! なんておめでたいんだ!」
彼はまるで舞台でセリフをしゃべるかのように、まるで歌い上げるように喋っている。その様子をクレイリーファラーズは唖然とした表情で眺めている。
ぐるるるるる~~。
まるで、獣の泣き声のような音が部屋の中に響き渡った。彼女は思わずお腹を押さえて、恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「ああ、お腹がすいていらしたんですね。なるほど。確かに、ご領主様とヴァシュロン様が抱き合っているところを見てしまうと、驚いてしまいますよね。今、ようやくその緊張が解けたのですね」
彼はニコニコと笑いながら、部屋の奥に下がる。そして、さらにパンなど色々な食材を皿に載せ、それを彼女の前に差し出す。
「何もありませんが……よければお食べください」
彼は皿を彼女に渡すと、再び部屋の奥に消えていった。しばらくすると、何やら大きなロール状の包みを両手に抱えて戻ってきた彼は、それを大きなテーブルの上に置く。丁寧に包装を剝すと、キラキラと光沢のある、美しい生地が現れた。
彼は無言のままペンを取り、生地の中に何やら書き入れ始めた。クレイリーファラーズはその光景を唖然として見守る。
「あ、私のことは気にしないでください。どうぞ、お食べください」
そう言って彼は再びペンを取った。その背中からは、言葉では表現できないような気迫が漲っていた……。
◆ ◆ ◆
俺はパルテックを伴って、領主屋敷に向かった。屋敷に帰ると、レークが待っていて、ヴァシュロンがこの村に留まることと俺と結婚することを聞いて、号泣してくれた。そんな彼女をヴァシュロンは愛おしそうに抱きしめ、何度もごめんねとありがとうを繰り返していた。
やがて落ち着きを取り戻したレークは、村の人たちに知らせてくると言って、屋敷を出ていった。それからは大変で、ほぼ、村にいる全員が来たのではないかと思われる程の来客があった。お蔭で俺たちは食事を摂ることもできずに、ひたすら村人たちの祝いの言葉を受け続けた。
途中からハウオウルたちが間に入ってくれて、何とか人の波は止まったが、祝いの品を持ってこようとする者も多く、それらを断るのに骨が折れた。
結局、あらためて村人たちに俺たちの結婚とお披露目をすることを約束して、怒涛の一日は終わりを迎えた。
「ふう……」
ダイニングの椅子にぐったりと腰かけながら、俺は大きく息を吐き出す。膝の上にはワオンが乗っていて、ぐったりとしている。パルテックは俯いたままだ。どうやら、眠ってしまっているようだ。ヴァシュロンは顔色一つ変えずに、椅子に腰かけている。
「……お疲れ様。疲れただろう?」
「……疲れるのを感じる間もなかったわ」
「ハハハ。確かにそうだ」
俺たちは笑みを交わし合う。
「そういえば、朝から何も食べていないな……。何か作ろうか」
「私も同じことを考えていたわ」
「じゃあ」
「待って、私が作るわ」
「え?」
そう言って彼女は立ち上がって、スタスタとキッチンに向かう。
一体何を作る気だろうか? 俺は膝の上のワオンを椅子の上に寝かせる。彼女もパルテックと同様、眠ってしまっているようだ。
キッチンに向かうと、ヴァシュロンが棚にある調味料を取ろうと背伸びをしていた。惜しいことに、ギリギリのところで手が届かないようだ。
「ああ、俺が取ろう」
「いいわ。私が取るわ」
「無理だろう?」
「大丈夫よ」
そんな強がりを言いながら彼女は手を伸ばす。その姿が実に愛らしい。
「……え?」
俺は彼女の背中に回り、両手を廻してそのまま抱え上げるような体勢を取った。
「……」
顔を真っ赤にしながら、彼女はお目当ての調味料を手に取った。
「うん? それは砂糖だよ」
「え?」
「もしかして、塩と間違えたのか?」
「ちっ……ちがうわよ」
赤らめた顔をさらに赤らめた彼女が俺を睨んでいる。俺は思わず言葉を失う。
「……何よ?」
「……かわいい」
「え? ちょっ……」
思わず俺はヴァシュロンを抱きしめていた。彼女は驚いて体を硬直させたが、やがてあきらめたように、体の力を抜いたのだった……。




