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第百九十四話  出ていく

「あれは一体、どういう意味だ」


俺は今にも爆発しそうな感情を必死で押さえながら口を開く。クレイリーファラーズは椅子から立ち上がって、少しずつ俺と距離を取ろうとしている。


「いやいや、そんな怒ることないですよ。あの娘もちょっと驚いちゃっただけで、ゴメンネ~ってかわいく謝れば許して……いぎゃっ!」


無意識に俺はクレイリーファラーズの胸ぐらを掴んでいた。


「ちょっと驚いただぁ? 泣いていただろうが!」


「知らないですよ、そんなこと。暴力はやめてください。こんなの、最低ですよ!」


「最低だぁ? テメェ、どの口がそれを言っていやがんだ!!」


「何ですかその手は! 私に手を挙げる気ですか!? 天巫女ですよ! 神に仕える天巫女に手を挙げたら、どうなるのかわかっているんですか! 神が……神が許しませんよ!」


「何が神だ! 一人の女性を泣かしているじゃないか! 何の罪もない人を泣かせることが神のやることなのか! 神に仕える者のやることか! そんな神なら俺が相手になってやる! 全力で刺し違えてやるわっ!」


「好きなんでしょ!?」


「ああっ!?」


「あの娘のこと、好きなんでしょ!?」


「関係のないことだろうが!」


「好きなんだったら、ちゃんと好きって言いなさいよ! グズグズしているから……まどろっこしいから、私がきっかけを作ってあげたんじゃない! あの娘もあなたのことを好き……ひゃっ!」


俺は乱暴に彼女を掴んでいた手を離した。一体何を言っているんだ、この天巫女は。天巫女なんだろう? 勝手に人の人間関係を壊して何言っていやがるんだ……。


そのとき、玄関の扉が開く音がした。もしかして戻ってきたのか? 俺は足早に玄関に向かう。だが、そこにいたのは、ヴァシュロンではなく、レークだった。彼女は茫然とした表情で俺を眺めている。


「レーク、どうした?」


「ヴァシュロン様が……この村を出ると言っておいでです」


「何?」


「理由をお尋ねしたのですが……。一切私にもお話にならなくて……。パルテックさんも、私には何もお話にならなくて……」


「行ってくる」


レークをそのままに、俺は屋敷を飛び出した。


必死で駆けた。ヴァシュロンがいる館まで、全力で走った。だが、今日に限って走っても走っても館が遠く感じて仕方がなかった。時間にすると僅かだったのだろうが、まるで何十分も走ったかのような感覚だった。


ゼエゼエと息をしながら館の扉を開ける。玄関には誰もいなかった。俺は息を整えながら、階段を上り、ヴァシュロンの部屋の前に立った。


……ノックをしたが、中から返事はない。いつもならパルテックさんがにこやかに出迎えてくれるのだが、その彼女すら出てこない。もう一度、ノックをしてみる。やはり、返事はない。


もしかしてもう、出ていってしまったのか? そんな不安がふと胸によぎる。


「俺だ。ノスヤだ。入るぞ」


ドアノブに手をかけ、ゆっくりと廻す。ドアを開いてみると、女性の背中が見えた。


……ヴァシュロンは淡々と荷づくりをしていた。パルテックは俺にじっと視線を向けていた。その表情はとても悲しそうだ。かける言葉が見つからず、その場に立ち尽くしてしまう。


「何よ? 何しに来たのよ?」


ヴァシュロンが背中を向けたまま、口を開いている。俺は扉を閉めて、彼女をじっと見据える。


「出ていくって、聞いたから」


「出ていくわ」


「その……謝るよ。失礼なことを言ってしまったようだから……」


「ようだから?」


ヴァシュロンはスッと両肩を降ろしたかと思うと、天井を向いた。そして大きく息を吐き出す。


「やっぱり、意味も知らないで言っていたのね。パルテックの言う通りだったわ。誰に習ったの、あの言葉?」


「ええと、その……」


「あの、家庭教師?」


「う、うう……」


「全く、何を考えているのかしら。よっぽど私のことが嫌いなのね」


「あの、すまない。あれはどういう意味なんだい?」


「私に言わせるわけ!? そこは……察しなさいよ」


「ごめんなさい」


「まあ……姫様……。この婆が申します通り、ご領主様はご存じなく言っておいでだったのです。もう、そのくらいにして……」


パルテックの声に、ヴァシュロンはじっと彼女を見据える。目が、とてもきれいだ。


「わかっているわ。ご領主様には何の遺恨もないわ。でも、私はこの村を出ていくわ」


「姫様……」


「元々は、魔法の修行をするために、魔法学校に入る予定だったんじゃない。ダレスアイルに行ってしまうと、5年は戻って来られないから、その前に隣国の領主様に会っておきたいと思ってここに来たのよ。そのお方に会って、村を見物して……一日で帰る予定だったのに、あなたに手籠めにされて、パルテックもやって来て……」


彼女は遠い目をしながら、懐かしそうにこれまでのことを思い出している。その表情のまま、彼女は俺に視線を向けた。


「お尻を触られて……。あなたに責任を取ってもらって結婚するって言ったら、お父様がものすごく怒って……。すぐにクレイドル公爵との縁組をしようと使者を立てたのよね。それで家を飛び出してここに来て……。それからは色々あったけれど、とっても楽しかったわ」


「じ……じゃあ、出ていくなんて言わないで……」


「思い出したのよ」


「え?」


「もともと私は魔術師になりたかったのよ。魔法の修行をして、一人前になって、一人で生きていけるような女性になりたかったのよ。こう言っては失礼だけれども……ここに居たんじゃ、私は何もできなくなってしまいそうな気がするのよ」


ヴァシュロンは寂しそうな表情を浮かべながらも、ニッコリと微笑む。


「だから、私は魔法学校に行くわ。これまでのことは、本当に感謝しています。ありがとう」


そう言って彼女は、深々と頭を下げた……。

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