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第百九十二話  今でしょ!

「ふう~」


俺は屋敷のダイニングの椅子にどっかりと腰を下ろす。その直後、ワオンが膝の上に載ってきて、クルリと丸まる。彼女も色んな料理を食べ、大満足だったようだ。


疲れた。疲れたと言っても、とても心地いい疲れだ。何だか、とても清々しい気持ちだ。


「いや、大成功でしたね。よかったよかった」


バスタオルで頭を拭きながら、クレイリーファラーズが風呂から出てきた。姿が見ないと思っていたら、先に帰っていやがったのか。とはいえ、今日のパーティーの成功は、この人のお蔭でもある。俺はワオンを抱っこしながら立ち上がり、彼女に頭を下げる。


「ありがとうございました。お蔭で、いいパーティーになりました」


「いいえ、私は何もしていません。お礼を言うなら、ドニスさんとクーペさん、その奥さんたちに言ってあげてください」


てっきりドヤ顔で胸を張ってくるかと思ったが、何とも殊勝な態度だ。日頃からそういう対応であれば、俺もストレスを溜めないで済むのだ。


「ところで、彼女にはもう言ったのですか?」


「うん? 何を?」


「まだ何も言っていないのですね?」


「何を言うのです?」


クレイリーファラーズは、大きなため息をつく。そして、キッと俺を睨んで、まるで噛んで含めるような言い回しで口を開いた。


「いいですか? 彼女にちゃんと言うのです。『ハンカチを開いてください』と」


「はあ? 何だそりゃ?」


「それが、エチケットというものなのです」


「エチケット? 何の?」


「あなたに貴族の習慣はわからないでしょ? 今日、あなたはあの娘と踊ったでしょ? 踊った後には、『ハンカチを開いてください』と言うものなのです」


「それを言ってどうなるのです?」


「どうって……まあ、それは……」


「知らんのかい!」


「とにかく、そう言うのです。いいですね! ……さて、寝ましょうか?」


そう言って彼女はいそいそと寝る準備を始めた。俺も疲れていたので、その日は早々にベッドに入った。


次の日の朝、いつもより早い時間にヴァシュロンがパルテックを伴ってやってきた。何とレークと同じ時間に来たのだ。あまり朝が得意でない彼女が、こんな時間に来るなんて珍しい。


「早いね。どうしたんだ?」


「昨日のお礼を言いに来たのよ」


「いや、別にそんな、いいのに」


「いいえ。あれだけのことをしていただいたんだもの。きちんとお礼を言わなければいけないわ。本当に、楽しゅうございました。ヴァシュロン・リヤン・インダーク、ご領主様に心から感謝申し上げますわ」


そう言って彼女はスカートの裾を掴み、スッと足を折って頭を下げる。その後ろでパルテックも深々と頭を下げている。


「あ、ああ。喜んでもらって、何よりです」


「朝食、まだでしょ?」


頭を上げるや否や、彼女は予想外の質問をしてきた。俺は戸惑いながらまだだと答える。


「今日の朝食は、私が作るわ」


「え?」


「誠に恐れ入ります」


パルテックが申し訳なさそうに口を挟む。


「本来は、お菓子などを焼きましてお届けするのが仕来りなのですが、あいにく、私どもが住んでおります部屋にはそうした道具がなく……。不躾を承知で、こちらさまのキッチンをお貸しいただきたく、お願いに上がった次第です」


「あ、ああ。そういうことなら……」


パルテックは再び深々と頭を下げた。


ヴァシュロンは腕まくりをしながら、キッチンに消えていった。その後ろをパルテックが付いていく。レークが心配そうな表情で二人の背中を眺めていたが、俺が目で合図をすると、パタパタとキッチンに入っていった。


「一体何を作るんでしょうねぇ」


ダイニングの机に頬杖をつきながら、クレイリーファラーズが呟く。俺は膝の上でワオンを抱っこしながら、彼女の頭を撫でてやる。クルクルと小さな鳴き声を上げながら、何とも気持ちよさそうな表情を浮かべている。


「そんなに難しい料理ではないと思いますよ。朝食ですから」


「わかんないですよ? 貴族が作る食事ですから。いきなりステーキ、みたいな……」


「少なくとも、あなたが作るより美味しいものが出来上がると思いますよ? パルテックさんもいますし、レークも付いています。心配ないでしょう」


俺の言葉に、ちょっとイラッとした表情を浮かべたが、やがて彼女は小さな声で呟いた。


「おイモ……あるかしら」


あるわけないだろう。大学芋は俺しか作れないのだ。どうしても食べたきゃ、自分で作れよ。そんなことを考えていると、クレイリーファラーズが真面目な表情で俺に顔を近づけてきた。


「いいですか? 昨日の言葉、ちゃんと言うのですよ?」


「ここで?」


「ここで言わないと、いつ言うのです。昨日のお礼をわざわざ言いに来ていて、さらに、朝食を作っているのですよ? あのお婆さんも言っていましたけれど、大抵は、お菓子などを焼いて持って行くのです。それができないからわざわざ朝食を作りに来ている……。ベストタイミングじゃないですか。いつ言うの? 今でしょ!」


……イラッとする。俺は思いっきり彼女を睨みつけたが、やがて大きなため息をついた。


「わかった。わかりましたよ。言えばいいんでしょ? 言えば」


俺の言葉に、クレイリーファラーズは大きく頷いた。

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