第百九十一話 お祝い
箱はユラユラと揺れながら、どこかに進んでいる。かなり傾いているように感じるので、領主屋敷の坂を下りているのだろう……。ヴァシュロンは全神経を集中させながら、自分がどこに連れて行かれようとしているのかを把握しようとしていた。
その一方で、彼女には不安や恐怖と言った感情は微塵もなかった。あの領主様が、この私を危険な目に合わせようとするはずはない……。彼女には確信めいたものがあった。とはいえ、箱の隙間から差し込んでくる光だけでは、外の様子は全く伺い知ることはできない。
……ゴトリ。
不気味な音を立てて、箱が止まった。どうやら、どこかに着いたようだ。彼女は耳をすませて外の様子を窺おうとする。そのとき、扉が開けられ、外から眩しい光が差し込んできた。
◆ ◆ ◆
きっと怒るだろうな。いや、でも、これしか俺には方法が思いつかなかったのだ。最悪、彼女が激怒したら、パルテックが間に入ってくれる予定になっている。まあ、何とかなるだろう。
そんな俺の後ろには、慣れないためか、慎重に籠を担いでいる二人の男たちが、額に汗をかいている。ティーエンも、よくこれを作ってくれたものだ。口頭で説明しただけなのだが、見事に時代劇に出てくるような、大名が乗るような籠が出来上がっていたのだ。
俺たちはゆっくり、ゆっくりと坂を下っていく。中のヴァシュロンの様子が気になったが、今のところ特に問題はないようだ。てっきり、中から怒号が響き渡るものと思っていたが、大人しくしてくれているようだ。恐怖のあまり泣いているんじゃないだろうか……いや、彼女に限ってそんなことはないだろう。
程なくして籠は、村の広場に着いた。俺は人差し指を口に当てながら進んでいく。集まった村人たちに静かにしてもらうよう頼みながら歩いたのだ。その俺の様子を察してか、村人たちは苦笑いを浮かべている。そんな中、籠が広場の真ん中に降ろされた。俺は深呼吸をして、ゆっくりと籠の扉を開ける。
「……何よ」
眩しそうに、手で光を遮りながら、彼女は俺から目を背けていた。そんな彼女に、スッと右手を差し出す。
「……」
無言で彼女は俺の手を握る。
「すまなかったね。君を、驚かせたかったんだ」
そう言って俺は彼女を籠から降ろした。その直後、大きな歓声が上がる。
「「「「「おめでとう~!!」」」」」
集まった数百人の村人が、口々にお祝いを述べている。その様子をヴァシュロンはキョトンとした表情で眺めている。まだ、現実が認識できないようだ。
「何? 何なのよ?」
「いや、君が15歳の誕生日を迎えたと聞いて、お祝いしようと思ったんだ。で、せっかくだから、みんなでお祝いしようと思って……。君にはナイショにしていたんだ」
彼女は呆れたような表情を浮かべて、大きなため息をついた。
「ここ最近の違和感は、このことだったのね。おかしいと思ったのよ」
「ごめんなさい」
「フホホホホ。せっかくの祝いの場なんじゃ。ご領主、謝ってばかりいては、せっかくの雰囲気が台無しですぞい」
ハウオウルがにこやかに話しかけてくる。村人たちをまとめ、秘密裏に事を進めてくれたのは、この先生あったればこそなのだ。俺は彼に丁寧に礼を言う。
「ああ、そんなこと気にせんでええ。それよりも今日はお嬢ちゃんの祝いの日じゃ。ささ、こちらへ」
ハウオウルは満面の笑みを湛えながら、俺たちを案内していく。そこには、小さいステージが組まれ、その上には椅子と机が乗っていた。ハウオウルはまずそこにヴァシュロンを座らせる。そして、それが合図であったかのように、大きなケーキが運ばれてくる。
「ご領主……こんな感じで、ええんかいの」
「ええ、見た目は完璧です」
小さな声で俺たちは確認をし合う。味はちょっとわからないが、見た目は完全にケーキだ。これも、俺の下手な絵で伝えただけなのだが、見事に実現してくれている。だが、当のヴァシュロンは、得体のしれない物を前にして、戸惑っている。それはそうか。まるでウエディングケーキのような大きさなのだ。そうなるのも、無理はない。
「ええと、君のお祝いのケーキなんだ。まずは、食べてみてくれ」
「ご領主様、まずは乾杯といきましょう!」
ドニスとクーペが、集まった人々に酒を配りながら、そんなことを言ってくる。俺はグラスを手に取り、それをヴァシュロンに渡す。
「さあ、皆さん。今日はヴァシュロンさんの成人のお祝いです。皆で盛大にお祝いしましょう! おめでとうございます! 乾杯!」
「「「「「乾杯~!!」」」」」
村の広場には、色々な露天が立ち並ぶと同時に、楽器を持った者たちが音楽を奏で始める。女性たちは色とりどりの花をヴァシュロンに差し出して、祝いの言葉を述べている。
最初こそ戸惑っていた彼女だったが、次から次へと出てくる料理と祝いを言いに来る人々のお蔭で、すぐに楽しそうな表情になっていった。その様子をパルテックは万感の表情で眺めている。
「こうして盛大にお祝いしていただくなど……諦めておりましたのに……」
そう言って彼女は、俺に深々と頭を下げた。
そんなことをしているうちに、日が暮れてきた。夕陽が広場を赤く染めた頃、俺はヴァシュロンの許に向かって歩き出す。
「あの……」
「何よ?」
「私と、踊っていただけますか?」
ヴァシュロンの目が開かれていく。貴族における成人のパーティーでは、ダンスを披露するのが必須なのだそうだ。それを聞いていた俺は、日頃の特訓の成果を見せようと思ったのだ。
「……」
「……あの、イヤかな?」
「……喜んで」
そう言って彼女は右手をスッと差し出す。俺は優しくその手を取って、広場の中央までエスコートする。
「ノスヤ・ヒーム・ユーティンです」
「ヴァシュロン・リヤン・インダークでございます」
そう言って彼女はスッ、と膝を折って貴族式の挨拶をする。それを合図にして、曲の演奏が始まる。毎日練習している、あの曲だ。
俺の動きに合わせてくれているのだろうか。俺は全くミスすることなく踊り切ることができていた。そのためか、今日のダンスは躍っていて実に楽しかった。ヴァシュロンも、今日は機嫌がいいのか、優しげな微笑みを浮かべながら踊ってくれていたのだ。
周囲からアンコールが求められる。俺たちは照れながら、もう一度、手を取り合った。
「……何だ。ちゃんと出来上がっているじゃない。だったら、仕上げちゃいましょうか」
二人のダンスを見ながら、クレイリーファラーズはにっこりと微笑んだ……。




