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第百八十八話  新なるミッション

イチニサン、イチニサン、イチニサン……。


ポンポンとリズミカルに手を叩く音と共に、そんな声が屋敷の庭から聞こえてくる。あの会談終了後からここ二週間、毎日聞こえてくるようになった音だ。


声の主は、ヴァシュロンの家庭教師であるパルテックだ。彼女は真剣な表情を浮かべながら、注意深く目の前の光景を観察している。そこには、まるで抱き合っているかのような体勢のノスヤとヴァシュロンの姿があった。


「痛っ!」


突然、ヴァシュロンの声が上がる。彼女はまるでノスヤの腕を振りほどくようにしてその傍から離れた。


「本当にもう、何度目かしら? この調子じゃ、靴を新調しなくちゃいけないわ。今度はもっと固い……木でできた靴でも履こうかしら?」


両手を上げながら首を振るヴァシュロン。その様子をパルテックがにこやかな笑みを湛えながら眺めている。だが、その一方でノスヤは悔しそうな表情を浮かべたまま、片膝を付いて項垂れていた。


◆ ◆ ◆


「……」


「まあ、そうお気になされずに」


パルテックがやさしく声をかけてくれるが、今の俺には全く効果がない。本当に、自分自身に腹が立って仕方がない。


落ち込む俺の隣で、昼食を食べているのはヴァシュロンだ。サンドイッチを美味そうに頬張っている。そして、さらにその隣では、ワオンが彼女と同じものを美味そうに食べている。


「でも、確かに上達はされていますよね」


テーブルの空いているお皿を片付けながら、にこやかに語りかけてくるのはレークだ。その言葉に、パルテックはゆっくりと頷いている。


「その通りです。最初に比べれば段違いですよ。そのように落ち込むことはございません」


「間に合わないわよ」


慰める二人の会話に、ヴァシュロンが割って入ってくる。彼女は大きなため息をつくと、スッと俺に向き直った。


「いい? たった一つの曲を仕上げるのに二週間以上もかかるなんて、あり得ないの。わかる?」


「……ごめんなさい」


俺が習っているのはダンスなのだが、これが曲者なのだ。何しろ、振りが難しいうえに、相手との呼吸を合わせないといけない。テレビなどで見たことがあるが、簡単に華麗に踊っているように見えるが、見るのと実際にするのとでは大違いで、これほど難しいものとは正直、思いもしなかった。お蔭でこの二週間、ヴァシュロンの足を何度踏んだかわからない。パルテックの話では、足の甲に青あざができているらしい……。


「ダンスは、その時々の雰囲気で曲が変わるの。あなたの場合は、国王陛下に謁見する晴れの舞台だから、大体どんな曲が演奏されるのかはわかるけれど、絶対じゃないわ。それに、演奏する側も、パルテックのリズムで演奏してくれるとは限らないのよ。振りを覚えるのは早く卒業して、どんな状況でも柔軟に対応できるように訓練しなくてはいけないの。だから、早く覚えてちょうだい」


「すみません」


「まあまあ姫様、先程からご領主様が謝ってばかりです。もうそのくらいで」


「だって、いつ王都から使者が来るのかわからないのよ? そんなに時間はないわ」


「いいえ。婆は少なくとも、あと二週間は余裕があると思っておりますよ」


「二週間? どうして?」


「考えてもごらんなさいまし。国王陛下主催のパーティーが開催されるにあたっての準備が二週間程度かかりましょう? それに、貴族たちに招待状を出し、彼らが王都に到着するまで、準備を含めますと、二週間程度はかかると思います」


「じゃあ、もうすぐ招待状が到着する頃じゃない」


「いいえ。おそらく、これからパーティーの準備が動き出すのです。使者が到着するのは、あと二週間ほどかかります」


「まどろっこしいわね」


「仕方がございませんわ。国政というものは、時間がかかるものです」


「そう……それじゃ、仕方がないわね」


ヴァシュロンは、少し残念そうな表情を浮かべながら席を立った。


「お昼も食べ終わったことだし、お暇しましょうか、パルテック」


「いや、もし、差支えなければ、もう一度振りを教えていただきたいのですが」


必死で懇願する俺を、ヴァシュロンは呆れた顔で見ている。一方でパルテックは、満足そうな表情を浮かべながら大きく頷いた。


「よろしゅうございます。では、おさらいを致しましょうか。姫様もよろしければ」


「いいえ、私は一旦帰るわ」


「左様でございますか……」


ヴァシュロンはスタスタと屋敷を出ていく。その後姿は、いつになく元気のないものだった。


「……何かあったのですかね?」


「実は……」


パルテックの話では、もうすぐ彼女は15歳の誕生日を迎えるらしい。大体、貴族社会において15歳の成人を迎えるときは、盛大なパーティーを開くものらしい。当然彼女も実家に戻れば、人もうらやむような盛大なお祝いをしてもらえるらしいが、彼女自身に実家に戻る気はさらさらない。とはいえ、やはり彼女も一人の女性……。成人の時くらいは祝って欲しいという気持ちがあるようだ。


「姫様は、皆さまに祝っていただきたいようなのです。いえ、贅沢なことは申しません。一言、おめでとうと言っていただくだけでよいのです」


「ほう……。そんなことだったら……いや、待てよ?」


「……ご領主様?」


ちょっと、いいことを、考えた……。

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