第百八十七話 業務終了
「ところで、そのスズメですが……」
ニウロ・アマダは口元に笑みを湛えたまま、俺に視線を向ける。目の奥が鋭く光っている。
「どのようにして、我が国から移動させたのですか? 相当な数に上ると思いますが……」
「…………」
俺は何と答えていいのかわからず、固まってしまう。そんな俺の様子をじっと見ていた彼は、フッと笑みを漏らした。
「それは、言えないことですね。失礼しました」
スッと腰を折って頭を下げる。その姿勢は何だか、とても好感の持てるものだった。彼は再び顔を上げ、今度は真剣な表情で俺を見据える。
以前に、先に戻してくれと言われて戻す事にしたのでは?ちゃんと戻す仕事をやりきったか最終確認まではしてないみたいですが。
「わ……わかりました」
彼の言葉に俺は大きく頷く。それを見たニウロ・アマダはクルリと踵を返して、メゾ・クレールに向き直る。
「私はこれにて失礼します。お互い、忙しい身です。早く本来の仕事に戻るべきでしょう」
彼の言葉に、メゾ・クレールは苦笑いを浮かべながら、大きく頷いた。
「では。近いうちに、再びお会いしましょう」
そう言って彼は馬車に向かって歩いて行った。
あっけない程に、短い時間で会談が済んでしまった。この日までに会った色々な事柄が走馬灯のように思い出される。あれは一体何だったのだろうか。
しばし呆然とする俺。そんな俺にメゾ・クレールが近づきながら声をかけてくる。
「ご苦労様でした。これで我が国は一つ、懸念がなくなりました。これも偏にあなたのお陰です。感謝します」
そう言って彼は満面の笑みで俺の手を握った。その後ろでシーズがゆっくりと頷いている。どうやら、よくやったと言っているようだ。
「ところでノスヤ。どうやってスズメをインダークから移動させたのだ?」
「お待ちなさい」
これまでとは違い、少し低い声で彼はシーズを窘めている。顔は笑顔だが、その体に纏う威厳がひしひしと伝わってくる。やはり、この男もタダ者ではないようだ。怒らせるととんでもないことになる……。俺の本能がそう告げている。
メゾ・クレールの言葉を受けたシーズは、直立不動になっている。そんな彼に、再び笑みを浮かべながらゆっくりと、諭すようにメゾ・クレールは口を開く。
「それを聞く必要はない。ただ、我々には、そうしたカードを持っている。それがわかっただけで、成果は十分だ」
彼は俺の目をじっと見ながら、大きく頷いた。俺は顔を引きつらせながら笑顔を返すのが精いっぱいだった。
「では、我々も王都に戻ろうか」
メゾ・クレールは俺から手を離し、後ろに控えているシーズたちにそう呼びかけた。そして、再び俺に向き直ると、いつものような機嫌の良さそうな表情になっていた。
「では、また。今度は王都で会いましょう」
「えっ!?」
「失礼」
俺の驚きを意に介すことなく、メゾ・クレールはスタスタと歩き出した。その後ろでシーズは、意味ありげな微笑みを浮かべながら、彼の後に付き従った。
「…………」
呆然と俺の許から去っていくメゾ・クレールたちを眺める。彼らが視界から消えた後も、俺はしばらくそこから動くことができなかった。
「いつまでそうしているのよ。もう、帰ったわよ」
「きゅ~」
隣でヴァシュロンが呆れたような声を出している。同時に、俺の腕の中でワオンがつぶらな瞳で俺を見つめている。きっと、お腹がすいたのだろう。
そんなことを考えていると、俺も急激に腹が減ってきた。
「食事でもするか」
「え?」
おもわず口を突いて出てしまった言葉に、ヴァシュロンは目を丸くして驚いている。
「ファッハッハッハッハッハ」
豪快な笑い声が響き渡ったかと思うと、どこからともなくハウオウルが現れた。
「ご苦労さんじゃったな、ご領主。お嬢さん。そりゃ、これだけおおきなことを成したのじゃ。腹も減るじゃろう」
「先生、いらっしゃったのですか」
「一応、何があるかわからんからな。ちょっと隠れておったのじゃよ」
「言ってくれればよかったのに」
「すまんすまん。じゃがご領主、よく両国の講和をまとめられたな」
「いえ、俺は何にもしていません。二人が……」
「いやいや。この場をここまで作り上げたのが素晴らしいのじゃ。よく頑張られた。これで、両国の争いはなくなることじゃろう。この功は大きいぞい」
「は……はあ……ありがとうございます」
「でも、これから忙しくなるわよ」
面はゆい思いをしている中、ヴァシュロンが冷静に話しかけてくる。
「王都に呼ばれるんだから、大変よ」
「どういうことだ?」
「バカね。聞いていなかったの? メゾ・クレールが次は王都で会いましょうと言っていたじゃない。ということは、あなたに対する論功行賞が行われるのよ」
「別にいいよ、俺には興味がないよ」
「そういうわけにはいかないわよ。王都に呼ばれて、国王陛下の前で今回のことを報告するのよ。その後、何らかのご褒美をいただくのよ」
「へぇ……」
「あなた、本当に貴族なのかしら? 当然それだけじゃないわよ? その後はあなたを囲んだ晩餐会が開かれるわ。晩餐会用の衣装はあるのかしら? 国王陛下の前に出るための礼服はあるの? それに、ダンスは大丈夫なの?」
「ダンスぅ?」
「当り前じゃない。晩餐会ではダンスが必須なのよ? 本当に大丈夫なの?」
頭がズキズキする。ダンスって……。フォークダンスくらいしか経験がない。それすらも、全く自信がない。
そんな俺の様子を見て呆れるヴァシュロン。そんな俺たちを見て、ハウオウルは再び、豪快な笑い声を上げるのだった……。




